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2005年12月

2005年12月31日 (土)

笑うブタで大晦日となり…。

n_44雑誌類を片付けていて、15年ほど前の「太陽」(平凡社)に目がとまりました。表紙は舟越桂さんの彫刻。

ついページをめくり、博物学者で神秘学者の荒俣宏さんが、ソウルにシャーマンを訪ねた記事の特異さに興味をひかれ、読みふけってしまいました。(片付け下手の好例ですね)。

・・・高らかな音楽と派手な色彩、捧げものの笑うブタ、飛び交う万ウォン札。なまなましく、芸能じみた儀礼。

笑うブタ1頭(そう見えるように細工)と、色とりどりの盛り菓子が飾られた祭壇の前で、シャーマンと依頼者が交わす会話は… 「おまえに大儲けさせるから10万ウォン寄越せ」。「いやです。1万ウォン供えますから100万ウォン稼がせてください」。「それは虫が良すぎる。では、3万ウォンではどうか」…。

荒俣さんがさすがだと思うのは、結論づけないリポートをされていること。儀式の合間合間に供される人参ドリンクでお腹をくだした荒俣さんは、こんなふうにコメント。

「日本ならば、神は清い場所に降りる。しかし韓国の神々は、欲望のうずまく贄(にえ)の祭壇に、笑いながら降りたつ。」

「不浄や潔斎という概念が崩れるのを実感した。神々は欲する者にこそ手を差しのべる!」

肯定否定でなく、こんなふうに書かれると、「???」と内心、感じていたことも、それはそれでいいのではないかと思えてきます。荒俣さんのようなひとこそが、あちらこちらの垣根を超えて行き来できるひとなのだなぁと思います。

私は若い頃、神社仏閣に参拝拒否していた時期があります。もちろん、教会も。ひとを超える存在を信じるのと、ひとの運営する施設にお金を投じることは別だ、意味がないと言っていました。信仰へのそんなこだわりは、神様のような存在を求める気持ちが逆にとても強かったからかもしれません。うまく説明できませんが。今は、普通にお賽銭をあげて参拝しています。いつも同じ身近な人たちの健康と明るさを祈ります。いろんなことが混沌としたまま、混沌としたままをそういうものなのだと、受け入れられているのだと思います。

荒俣宏さんは1947年7月12日生まれ。算命学でいうと土性の司禄星を縦線に3つ持ち、破天荒な生月中殺。ほがらかそうに見えても本心は土の中、書籍蒐集マニアとして知られる点など、なるほどと思いました。従生財格破格で、破は、日支になるので、普通の家庭を持たないほうが荒俣さんの運勢は強いのですね。60代も驚かせてくれそうです…。

そして、大掃除は、なかなか終わらなかったのでした。

2005年12月29日 (木)

誰のための占いか

appleA_bigすべての人を幸せにする占いというものは、ありません。あるとしたら、あなたの笑顔? という話は、今日は置いておいて・・・。

相性を見る時には、依頼主からみてプラスとなる相性かどうかを見ます。  依頼主にとってはプラスでも、相手にとってはマイナスかもしれません、家族の中で、ある人の運勢を上げる行為は、もしかすると、別の家族の運勢をやや下げてしまうことかもしれません。引越しをするにしても、一家すべての人にとっての吉方向に越すのは至難の業です。

では、どのように鑑定するのか。

当たり前のことながら、占い師にとっては、鑑定料金を払ってくださる方がお客様ですから、その方にとって最大限プラスになるようにアドバイスをさせてもらいます。

それは、レストランや、他のサービス業となんら変わりません。極端な話、自分とは全く価値観の違うお客様であっても、必要とされれば、店自慢のお料理をお出しして満足していただこうとします。

不倫であれ、略奪愛であれ、ここには書けないような人間関係であっても、犯罪や他者の命に関わることでなければ、お客様の満足をめざす方向にいきます。良識は捨てませんが、自分自身の倫理観はやや脇へおかれます。もちろん、その目的が、お客様の幸福につながるものかどうかはきっちりお伝えするわけですが。

さて、では、イベントなどで、例えば住宅展示場サイドから日当をもらって、展示場に集まる人々を無料サービスで鑑定する場合は、誰がお客様でしょうか。

もちろん、対面する一人一人がお客様ですが、大お客様?は、住宅展示場です。集客が目的です。家を買おうと決めて間取り図まで持ってきている人に向かって、例えば「天冲殺だから今、買うのはやめなさい」とは、普通の占い師は言わないでしょう。

ある展示場に行った時には、天冲殺になると気がせくものなのでしょう、来る人来る人の8割方、天冲殺だったことがありました。本来、大きな変化は避けるべきとされている天冲殺時期に新居新築や引越しをする場合の、災いなく過ごす方法をアドバイスしました。

ですが、限度はあります。

「無料占いサービス」とチラシに打つと、地方のイベントなどでは、朝早くから並んで待ってくださっている。大変ありがたいことで、こちらも熱が入るのですが、やはり、ひとつ言っておきたいのは、「タダには理由がある」ということ。

余興的な占いの使い方ならいいのですが、なかには、一族すべての名前、生年月日を書き連ねて待ち構えている方もいます。話を聞いているうちに涙ぐんでしまいそうになる相談事のこともありますが、後ろには占いを楽しもうと(ちょっとイライラして?)待っているファミリーが並んでいます。無料サービスですから、すべての人に公平にしなければなりません。これでは落ち着いてアドバイスはできません。

重大な相談ごとは、信頼のおける占い師に所定の料金を払い、納得がいくまでアドバイスしてもらってほしいものだなぁと思うのです。宣伝のように聞こえるかもしれませんが、実感なんです。

2005年12月28日 (水)

占い始めもコスプレで。

bara0002考えてみれば、占い師デビューもコスプレでした。尼さんでした。

栃木県にあるテーマパーク「日光江戸村」が、当時の最初の修行場所でありましたので。江戸をイメージした園内では、現代的な姿、発言はご法度。占い処の手相見は、男はカツラをかぶって江戸の易者スタイル、女はなぜか尼さんスタイルで「いらっしゃいまし。お代は千両」と呼びかけます。

尼というのは、当時のインテリだからと説明されましたが、なんというか、男性団体客にウケがいいからじゃないかしらんと後から思いました。

季節は今頃。オフシーズン。占い小屋の前の雪かきが最初の仕事。水道管が凍ってしまう寒さでした。

「いらっしゃいまし」と、小屋の前で、まばらなお客様に呼びかけていると、それでも立ち止まってくれる人もいて、「おー尼だ尼だ」と、記念写真を撮られたり…。(メガネをかけているので変だったと思うのですが盛り上がるにはどうでもよかったみたいです)。

はじめてお客様の手相を鑑定した時の情景は今でも忘れません。数分、言葉が出てこなかった。頭が真っ白になりました。外も雪。真っしろ白。

友人、知人をそれまでにも何十人も鑑ていたのですが、プロデビューとなると緊張するものですね。

それでも、メガネをずりあげてやっとのことこなし。石油ストーブ(これは木製の枠で囲ってなんとか許されていました)で、かじかむ手を温めながら、先輩方に励まされたり、よもやま話に耳を傾けたりしているうちに、江戸村の人になっていきました。

まだ暗い夜明け前、始発列車に乗って栃木へ向かい、駅から江戸村までの雪道を20分、トボトボトボ…と歩いているときには、「私は、なにをやっているんだろう~。こんなところまで来てしまった…!!」という思いが押し寄せてきていたのですが、その日の夜には、すっかり、気持ちは占い師に切り替わっていました。

コスプレは、切り替え下手な人にはお奨めアイテムなのかもしれませんね。

2005年12月27日 (火)

コスプレ占いのゆくえ

rose_glass01C_400秋葉原は変わったらしいですね。

思い出話が多くて恐縮ですが、覚えているうちに書いておこうと思いまして。

メイド喫茶がはやっているからと、何がどうしてそうなったのか、秋葉原に「コスプレ占い店」を開店したのが去年の夏。場所は、できたばかりのドン・キホーテの5F。最初から不吉な予感が・・・。 ドン・キホーテさんに恨みはありませんが、以前、川崎ドン・キホーテ店の夜勤で懲りていたものですから・・・(⇒過去記事ご参照

若く見える(…)という理由で店長に任命され、ンン~才にしてナース服を着ることに。お客さん、ごめんなさい!って感じでしたが、開けてみれば、この店も、告知が足らず、フロアへひとが流れてこなかった! 黙っていると売り上げゼロもアリなので、ごめんなさいなんてな場合でなく、必死でスマイル☆客引きしていました。親族には見られたくない姿でしたねぇ。

お客様がもっと多ければ、お祭りみたいでやりがいもあったと思うのですが。

むなしくならなかったのは、共に勤務していた仲間のおかげです。年下の占い師たちは、お客様の呼び込みもいやがらずに(いやがってたかもしれないがともかく表面上は)こなしてくれたし、なによりも明るかった。あいた時間に勉強や情報交換をしたり、恋の話をしたのも楽しかった。彼女達がいなければ、さすがに私もめげていたかもしれません。

一方、年配の占い師たち、なかには60代もいたのですが、ハイカラさんや巫女さんやアリスのコスプレを、案外楽しまれていた様子。(そのぐらい心臓に毛が…、いえいえ楽しみ上手に私もならなきゃだめでしょか?)

ともかく私は今まで、占い師同士で足の引っ張り合いをするような店に勤めたことがなく、職場の仲間から人間として学ぶものが多かった。それが大変恵まれていたことです。

秋葉原のお店も、困ったことばかりだったわけでもなく。

他店では鑑定することがないようなタイプの男性のお客様を多く鑑ることができましたし、なかには、その後、私が勤める渋谷店まで来てくれる方もありました。いろいろ経験しておくのも悪くない。(二度はいやですけど・・・)。

あさって、最後の忘年会が秋葉原であるので、街を見るのが、ちょっと楽しみです。ナース服に着替えないように気をつけます。

2005年12月26日 (月)

あなたは引っ込み思案のピスタチオ!?

045クリスマスが終わればお正月。25日の夕方にスーパーマーケットへ行くと、クリスマス向け商品が片付けられ途中、お正月準備途中のありさまに出会い、日本人らしさというものを実感できます。

ラジオを聴いていたら、「クリスマス、バレンタインデー、ハロウィンに共通するのは、モノをもらうお祭り。日本にはモノをもらう祭りが少なすぎたのかな」なんて言ってる人がいました。なーるほど。豊かになった証拠なのでしょうか。

emi-ka.comのウィークリー・メッセージ、遅れちゃったけれど、今夜更新します。お奨め占いを付けよかな。

日本人らしいといえば、星の数ほどある「○○占い」にも、日本人らしさを感じるのです。器用っていうか、外来文化の取り込み上手っていうか、飽きっぽくて新し物好きっていうか、でも保守的っていうか。

ライター時代に、「豆占い」っていうのを書いたことがあります。(おそらく)四柱推命をもとに、性格を12種類の豆タイプにわけ、さらに3種類に細かく分類。地方の豆屋さんに置かれたパソコン画面で見られるように、販売促進用に制作したもの。

ライターの私は、データに基づいて文章を作るだけだったのだけれど、「引っ込み事案のピスタチオ」とか「チャレンジ精神旺盛なピスタチオ」、「ちょっぴりおちゃめなトラ豆」とか…36種類。自分で書きながら、「なんだろなぁ~~」と思ってました。

あの占い、まだ使われているのかしら???

2005年12月25日 (日)

きよしこの夜

051224a占いは、ある種サービス業ですから、クリスマス前後はカキイレドキ。休んだことがありませんでしたが、今年ばかりはのんびりと過ごしています。街の華やぎを楽しんでいます。

今年のクリスマスケーキは手作り。先日、isola BELLさんのクリスマス・パーティーでご馳走になった、店主手作りのケーキが忘れられなくて。(手際よく見栄えよく大変おいしかったのです。)

私が最近、着るもの、食べるものを手作りしたくなっているのは、余分なストレスが減って、本来の自分の星がやっと自然に稼動しはじめたのかなと考えています。いえ、稼動しはじめたから、ストレスが減ってきたのかもしれません。

星。

それは、もともと持っている宿命の星。それから、算命学で言うと、10年ごとに回る星。そして、1年ごとに回る星。一人一人違う、その星たちをうまく消化していくことができれば充実感が残ります。いろんな星を身に付けることで、偏りが均され、多くの人はだんだんと丸くなっていきます。

星をどうとらえ、どう生きるかで、運命は、変わります。

もし、今まで興味のなかったことに、ふと気持ちのひかれることがあれば、それが、星の移り変わり、それが星を消化して幸福感を得るチャンス。気負わずに、近づいてみたらいかがですか?

ただ、天冲殺期間中や運気の下がっている時には、本来のあなたなら必要としないものにひかれてしまうことがあるので、注意も必要です。長いつきあいの友人に相談してみるとよいでしょう。

・・・今年も残すところあと一週間。

大きな事故、災害もなく、多くの人が無事年越しを迎えられるようにと思います。

いいえ、多くの人のことを祈るなんて無理なことでした。私は私の身近な人のことを、あなたはあなたの大切な人のことを・・・。メリークリスマス!

2005年12月22日 (木)

この世で一番短い呪とは「名」だと

leaf02B_300野玲子さんの漫画「陰陽師」(夢枕獏原作)の中で、安倍晴明が そう言っていました。

呪とは、まじないのことです。

山や川、あるは風や恋、眼に見えぬものさえ、名という呪で縛ることができる、と。

「恵美花」という名がなければ、私はいるけれども、「恵美花」という人はいないことになる。名づけられた時から、そのありようを縛られることになる。

・・・今、身内から頼まれている改名に頭を悩ませているので、つい漫画に手が出てしまったのでした。

普通に暮らす人の改名は、周囲の人たちを戸惑わせたり(ましてやヒカせたり)しないように行いたいもの。今の姓名をいかして自然に、せっかくだから完全吉名に!!と力むと、これが姓名によっては難しいのでした。

ただ、私が今、気にかけているのは、改名そのものというよりも、肉親との約束を年内に果たしたい自分の姿勢。新しい名を持つことで、幸多いとは言えない彼女の人生が明るくなる可能性があるのなら。あなたのことを忘れないで考えていますという気持ちが、少しでもプラスに左右するのなら、と、そんなことです。

・・・「恵美花という名前はぴったりです」と、ある人に言われた時、私はとてもうれしかった。ハートがゆるみました。

そう、同じ「陰陽師」に、こんな言葉もあったのです。

優しい言葉ほどよく効く呪はないぞ

いくら、その人のことを考えているといっても、主張ばかりでは効果がないのです。手中に入らぬ相手をおとすには、晴明の言葉に従って、呪を行ったほうがよさそうです。

その人を理解しようとしなければ、優しい言葉は出てこないはずです。

・・・優しいノロイが、もっと、この世に増えるといいのに。

でも、闇も、また、私たちが名づけたのだから、消えないのですね。

2005年12月21日 (水)

口をしっかり結んで歩け

appleC_small今年の風邪はお腹にくるんですって?

月曜日一日中、人ごみの中にいたせいか、しっかりウイルスをキャッチ。「お腹が痛いなぁ」と意識したらもう、動けませんでした。風邪は占いでは治りません。休養いたしました。治りました。大掃除が後回しになってしまいました。(もしかしてこのまま年末か…)

こんなときに限って、久しい人たちからメールが来るのは不思議なもの。

休養モードで、心身に隙間ができたのが、相手に伝わるのでしょうか。

「口をしっかり結んで歩け」

くじけそうになると、ある詩人の脳裏に思い出される父親の言葉。先日、手にした詩集にありました。(清水哲男「黄燐と投げ縄」(書肆山田))

私なんて、そんな、のちのち力になる言葉を親からもらった覚えはないゾと思ったのですが、アイスノンを抱いてめざめた今朝に、ふと思い出しました。

「山をのぼるのに急いではいけない」

足元を見てゆっくり進めと、小学生の頃に言われたのでした。対立してばかりの親子でしたが、山育ちの父親が山歩きの最中にもらした言葉たちは、今でも、そのときの情景と共によみがえってきます。

急な坂道や階段をのぼる時にも、ふと思い出されます。特別な言葉ではないのだけれど。

言葉には、人を支える力がありますね。

だから、言葉を惜しまないで。大切なひとに、声をかけてください。

2005年12月19日 (月)

穢れ指数は見たくない

Rose_candlec_300 昨日は、お世話になっている姓名判断の「五聖閣」さんで、大祓いの行事がありました。一年の穢れを、人型に切りとった紙人形に身代わりしてもらって祓います。業深い私ですので穢れをすべて払いきれたかどうかは定かではありませんが。すっきりといたしました。

五聖閣は、姓名学の礎を築いた由緒正しきところなのですが、その割にこの占いブームの中で知名度がいまひとつなのは、今までビジネス面に力を入れてこなかったからのようです。ですが、最近ちょっと面白いのですよ。若い講師や学ぶ者たちの熱意が、新しいムーブメントを作り出しそうな予感。伝統はそのままに、感覚は、私たちの「今」で。

夜明け前。冷え切って、話し声も途絶えた、沈黙の時。心はザワザワとお喋りをはじめています。易占い、今日の運勢は「遯」(引き時)だけれど、ま、素直に動いて、平穏に過ぎればいいな。一日遅れてしまいましたが、これから「占いごとemi-ka.com」のウィークリーメッセージを更新します。

2005年12月18日 (日)

誰にも見られたくない占い師の姿とは

93l 過去に勤務していた店で、思い出に強く残っているのは、つぶれちゃった店です。(縁起でもない?) 占い店の移り変わりは早いのです。

暇なのはかなりつらいのですが、おかげで占いの勉強がたんまりできました。他のテナントの方達を鑑定しながらの情報交換も愉しかった。そして、自然と、1人のお客様にさく時間や労力が多めになるせいか、記憶に残っているお客様というのは、つぶれちゃった店に多いのです。

占い師は、ニュートラルな状態でなければならないと思っています。お客様に感情移入しすぎてもためにはなりませんし、突き放すのでもいけません。

でも、数をこなして疲れてくれば話を聞く熱心さが多少欠けてきてしまうし、時間や気持ちに余裕があれば、柔軟に相手の話をうけとめられます。印象も残りやすい。

・・・よく思い出すのは川崎の24時間営業「ドン・キホーテ」内にあった占い店です。開店当初は深夜2時まで営業しておりました。

日付の変わった頃、ふらりとやってくるのは、勤めを終えた水商売の女性達、眠れないでさまよう受験生、時には親に連れられて小学生も。まだ遊んでいたいのに子供ができ虐待してしまいそうで怖いと悩む若いお母さん…(今頃どうしているでしょう、時々思い出しますよ)。そういえば、暇だった割に、仕事の相談に来られる男性が多かった。人が少ないから入りやすかったのかも…。

何年も前のことなのに、記憶に残るお客様の多い店です。(普通は2度ぐらい鑑定しないと覚えていられません。)

もうひとつ、印象が強い理由に、泊まり勤務だったからということがあります。

2時に営業が終わっても電車はないので帰れない。朝までシャッターを下ろした狭い店内で仮眠します。簡易ベッドは用意されていたのですが出し入れが不便なので、椅子を並べた上に寝たり、床に直にマットをしいて寝たりしてました。まさにホームレス状態。

お客様にはもちろん!誰にもゼッタイ見られたくない占い師の姿でした。そして、一晩中、頭上で鳴り止むことのない♪ドン!ドン!ドン!ドンキ~ドンキホーテ~ の音楽もまた、忘れることができないでしょう…。

交通の便が悪く集客が見込めないため閉店したのですが、なくなって本当によかったと思いました(笑)。でも、あの頃のお客様はどうしているだろうかと、なぜか思い出される年の瀬なのです。

PS. 暇な店がオススメということではありませんので念のため!!

2005年12月17日 (土)

クリスマス寸前となると

Xmastree01c_mid 天邪鬼だからか気持ちはいささか落ち着いて、気持ちはお正月へと向かっております。一年の穢れを祓い、親しき人に感謝の念を持って新しい年を迎えたいものです。(その前に掃除しなくちゃ…。不得意分野です)

暦はよくできたもの。終わりがあって始まりがある。「さよなら」と口にする言葉の中に、未知の出来事を迎える心が芽生えています。

今日、お電話をいただいたお客様の心に、切に平穏を願います。

ここ数年、口がネバネバになるまで鑑定したり教えたりする日々が続き、それは大変恵まれたことだったのですが、自分が鑑定マシーンのように感じられてもいました。ですので、ペースダウンしてさらに勉強する時間をとろうと、のんびり構えていたのですが、お客様からお電話をいただき、私のようなものでも多少は人のよりどころになれるのだと思えば有難く、もっと積極的に鑑定するべきなのかもしれません。

私のサイト「占いごと emi-ka.com」を開いてから多い反応

自分の知能線がどれかよくわからない。

結局、何をしてくれるサイトかはっきりしない。(これは友人からの指摘)

写真がよくない。(これも友人たちから…)

易おみくじが当たった。(ありがとうございます。案外当たります。案外?)

・・・。手相は、実際に拝見しないとわかりづらいのですよね。「何をするサイト」かは、鑑定受付を近々始めたいと思っておりますのでお待ちください。

現在は、今までのお客様やご紹介の方を対象に、最寄の都内自由が丘か、渋谷で待ち合わせをして鑑定するという方法をとっております。

そうそう、渋谷で協力いただいているブティック&カフェが「isola BELLA(イゾラ・ベッラ)」さん。素敵なかわいいお店です。

東急Bunkamura入口向かいのビル(1階がクリーニング店)5階。チャーミングでざっくばらんな店主が厳選したアクセサリー、バッグ、靴、お洋服。折々のアート展示もあり、渋谷の雑踏にあって、ホッと一息つけるスペースです。

渋谷で落ち着ける場所を探しあぐねたら、おすすめしますよ。恵美花の紹介と言ってくださいね(笑)。男性の方も、ティータイムにどうぞ。センスのいい彼女へのクリスマスプレゼント選びにもいいかも。お店のサイトを一度ごらんください。↓

http://www.isolabella.ne.jp/index.html

それから私のサイト写真については、自分では本物よりもやさしげで頭がよさそうだと思っていたのですが、不評とは…。「キツネみたい」とは…。ケータイで撮ってるからかな。「シャドーいれて私が撮影してあげます」とのお声に、ありがとぅ、というか…ありがとうですね。

2005年12月16日 (金)

王は孤独なるもの

heart_miniF「結婚あきらめた」「孤独」…。真相は知りませんが、中島みゆきさんが高級老人ホームを購入決定したとして、某女性週刊誌の広告大見出し。

偏った宿命の人を、憧れる一方でねたむ、というのが、バッシングの根底にあるのでしょうね。

女性週刊誌は、ほどほど幸せな人たちの幸せ秤なのかもしれないなぁ、と、感じています。美容院でよく情報収集させてもらっているのですが。

スターを、もちあげては、おとす。被害者を、皇族を、もちあげては、おとす。もちあげては、皆でつきおとす。

自分は、もちあげられも、おとされもしない。幸せです。

でも、それを幸せと感じられないところに、ひとの、つまらなさがあるのですよね。

同時に、面白さ。

一面からでは語れない、ひとの複雑さとわかりやすさ、愚かさと変化する輝きが、他の動物にはない魅力だと感じています。

中島みゆきさんなら、そういうところをよくご存知だろうと、ふと思いました。

私の故郷ではしんしんと雪が降っています。ですが、快晴の窓辺でパソコンに向かっている今の私には、雪面を踏みしめて歩く人たちの心持ちが、もはやわかりません。わからないということを、忘れないようにしていなければと思っています。

また変な話になっちゃいました。

2005年12月15日 (木)

ジェラシー

Bath_candlea_medium_1 そうは言っても(先日の続き)、好きな相手の言動は、ヒジョーに気になるものです。嫉妬という心は、脳のどのあたりから生じてくるのでしょう。なんのために? ねぇ。

手相から、嫉妬心の強弱ははかれます。主要線でいくつかあげると・・・

まず、感情線(小指の下から人さし指方向へ伸びる線)が長い人。人さし指の付け根の丘(木星丘)へ深く入り込んでいる人です。愛情が濃すぎるのです。相手を自分の管理化におきたいというエネルギーが発揮されます。

また、感情線に乱れがあると、心もちぢに乱れやすいものです。

それから、運命線(手首やその他下方向から中指へ向かって上昇する線)の濃い人。自分中心的に生きる人です。よくも悪くも自分が主役ですから、相手の勝手に寛容とはいえません。

結婚線の濃く長い人もヤキます。パートナーとの絆感覚が強いため、相性のいい恋愛や結婚であれば最高なのですが、悪く出ると、60才、70才になっても嫉妬心に悩まされることがあります。

あとは、知能線(親指と人差し指の間から出て手のひらを横切って伸びる線)。下方に長く知能線が伸びている人です。想像力の豊かさが災いして、相手はいつもはあーなのに今日はこーだからきっとそーに違いない…と、考えなくていいところまで想像して苦しんでしまいがちです。

手相でも算命学でも同じなのですが、つくづく思うことは、「ほどほどが一番しあわせなんだなぁ」ということ。中庸で生きるということです。愛情が濃すぎても、また薄すぎるようでもうまくいかない、不満がでる。ほどほどが、自分も相手も幸せです。

愛情に限ったことではありませんが。

「ほどほどで満足する」というのは、けれど、なかなか難しいことなのですよね。

また、生まれながらに、ほどほどでは生きられない、偏った宿命を持って生まれる人もいます。そういう人は、極端な話、天に昇るか地に這うか、どちらかしかないのです。どちらを選んでも苦しみはあります。

ですが、人は、そういう激しい生き方に憧れてしまうものなんですね。

「運命線が濃く出ていればすばらしい」と、単純には私は思わなくなってきました。どういう相、宿命を持った人が、どういう生き方をしているかが、問題なのだと思います。

ちょっとジェラシーと話がズレちゃいましたね。今、深夜です。

2005年12月13日 (火)

好きということ

leaf_miniA 「もう男はいいから、財運と健康運だけ知りたいわ」と言うのは、グループでみえるお客様。結構、多いです。

本音?恥じらい?

そこそこ夫婦円満なのに「これからいい男、出るかしら」と問う方の笑顔は、「ほんとにもーっ!!エミカつねっちゃうゾ」ってぐらい幸せそうです。

かと思えば、70代で恋の相談もたまにあります。あまりの本気に、こちらまでドキドキしだしたことがあります。

どんなにか知的で聡明に見えるキャリア女性も、それから、一見、こわもてに見える男性も、好きな人のことでは、ほとんど区別がなくなります。

人を好きになっている状態とは不思議なものだなぁと思います。

自分の思い通りにしたいのにできないと苦しんだり誰かを恨んだりする人が多い一方で、なにか、好きである状態に、おびえている人もいるのです。

好きというのは、相手という対象はいるのだけれど、やはり、自分の中の問題なんだなぁと、あたりまえのことをまた思い。

誰かを好きである状態が、こころ落ち着いていられる状態なら、理想です。

人を好きで落ち着いている状態は、今の自分をも肯定している状態だから。

誰かを好きである状態が、何か疑いに満ちた苦しい状態なら、それは、おそらく、あなた自身を肯定できていないのかもしれません。

好きだという状態に、良いも悪いも、成功も不成功も、ほんとうは、ないはずなのです。

   ひとを

   愛したという記憶はいいものだ

   いつもみどりのこずえのように

   たかく やさしく

   どこかでゆれている

殿岡辰雄さんという人の「愛について」という詩の一節。中学生の頃に(遠い!!)知って、いい詩だなと思いましたが、その意味が本当にしみてきたのは、私の場合は、ごく最近のことです。

2005年12月12日 (月)

こだわるということ

51mb 「今日、なに書くの~」。そう聞かれてうれしかったです。このコラム、もちろん、アクセス数は上げたいわけなのですが、でも、まだ「あの人やあの関係者が読んでくれているんだろうなぁ」って、読者層が想像つくぐらいの今って、それだけにまた、伝えがいのあるときだと感じてます。

今日は、「こだわり」って、言葉を思いつきました。家まで帰る坂道をうんとこしょと上りながら、ふっと。

運命学を学んでよかったと思うことのひとつに、「人は、こだわってはいけないことにこだわりやすい」と知ったことがあります。

こだわりは、もちろん、大事です。自分なりのこだわりがあるからこそ、何かをしようと夢を持てます。ですが、うまくいかないことにこだわるのは、それとは違う。

私の場合、非常にこだわっていたのは家族と子供のことです。そのために苦しみがあり、他のことまでスムーズに流れない。思い通りにいかないものを思い通りにしたいとこだわっていたから。

運命学に出会って、そのこだわりにこだわらないようにしようと思いはじめてから、何か、つかえが取れました。人との接し方も変わったように思えます。やりたいことに、そう、今度はプラスのこだわりに邪魔者なく向き合えます。

今、苦しんでいる方がいたら、そのこだわりを、いったん、置いてしまいなさいな、と、おすすめします。

急には無理なことかもしれませんが、姿勢ひとつで、運勢は変わりますから。

2005年12月11日 (日)

新しい手帳の色は?

57s 土曜午後。街に繰り出す人の多さ。年賀状、カレンダー、手帳コーナーの人だかり。すごかったです。

私も、手帖を買いました。アドレスをケータイに入力するようになっても、手帳は手放せません。そんなにスケジュールがびっちり詰まっているわけでもないのですが、手帳がないと、心もとなくなってしまう。これからやりたいことや、思いついたこと、見た映画、浮かんだ言葉などを書き込むミニダイアリーとしても使っています。

自分では、いつもとかなり違う種類の手帳を選んだつもりだったんだけれど、いっしょにいた友人からは「赤、好きだねぇ」と言われてしまいました。

言われてみると、ケータイも赤、セーターも赤でした。靴も赤系…。

自然と赤を選んでいるのは、たぶん、算命学から見ると、私を構成する星に、火性がないに等しいからでしょう。火性は、色になおすと赤。自分に欠けているものを補うと、なんとはなしの安定感があります。そして、火性は、伝達したいというエネルギーを含みますから、今の私は、何かを表現したい、伝えたいという本能が強まっているのかな、と、友人に言われて改めて思った次第です。

「そういう自分は」と、友人を見ると、やはり、彼女の宿命にほとんどない色の手帳を選んでいました。その色は、勇気を持って前進していく人の色ですよ。

あなたは、何色の手帳を選びました?

それとも、手帳は使わない派でしょうか。

2005年12月 9日 (金)

emi-ka.comの表紙

ブラウザによって、写真が表示されなかったりズレてたりするらしいです。Macだとだめらしい。

あなたの画面では、きちんと表示されてます?

あんまり見えないようだったら、表紙全体を変えないと。

浅草は牛すじで

Heart_minie浅草は、浅草寺も花やしきも隅田川沿いのお花見もシンボル的なアサヒビールのビルも屋形船も、いいんですけど、舟和の芋羊羹も私的にはかなりいいんですけど、一番は、牛すじ煮込みですね!!

6時か6時半で仕事が終わる平日に、人と待ち合わせをして、雑然と並ぶ居酒屋さんでビールと牛すじ、というのが最高でした。まだ暮れやらぬ明るい季節には、なんとなくぜいたく気分さえして。もちろん安々なんだけどね。

一見さんでもよそよそしくなく、厨房に猫が鎮座ましましていたりして、衛生面はいざしらず(すみません)居心地のいい居酒屋さん。どこに入るか選ぶのも愉しくて。

でも、そんなリラックス空間でも、激しい胃痛に2度ほど襲われたことが・・。

よっぽど気を張っていたのかなぁ。仕事中。

その頃の緊張感を忘れちゃだめだよと思い返すきょうこのごろ、です。

2005年12月 7日 (水)

浅草花やしきの思い出

31mbbb 救急車で運ばれたのは、浅草の遊園地「花やしき」に出ていた時でした。

花やしきは、ちいちゃいながら歴史の古い遊園地。狭い園内を、あちこちぶつかりそうに駆け抜けるジェットコースターが、怖くて愉快で好きです。絶叫系が苦手な人も、あれはギリギリ乗れるのでは。

今は、占い店の場所が1階に移りましたが、昔は、小山の上にポツンと、占い小屋が立っていました。可憐なお花が咲く中を、ちびっ子タクシーに乗って得意げに手を振る子供達を見ながら、お仕事をして、ときどき、おおきな空を眺めていました。季節の移り変わり、時間の流れを、肌で実感できる場所でした。

花やしきは、修行期間といえる一年を過ごした場所で、思い出深いです。

さまざまな職種、階級?、年代の人が集まる土地柄。デパートの中では到底出会えないようなお客様に接することができたのが、得がたい経験。そして、一組の仲のいい不倫カップルの顔を、なぜだかいまだに私は忘れることができません。

最初は2人でにぎやかに鑑定して、それから、女の子が1人残ってナイショの鑑定をしました。男の人が外で笑って待っているこちら側で、さっきまで笑顔だった女の子は、涙をぽろぽろとこぼしました。

私は、占い師として失格かもしれませんが、この男性を、性格も悪そうでない好印象の男性を、この時、大変憎く思いました。

でも、男性にしても、笑っているよりほかなかったかもしれず。

今では、もっと驚くような人間関係を相談されることも増え、スレすぎちゃった感もなきにしもあらず…なのですが、それでも、なぜか、この日の、女の子の涙を、私は忘れることができないのです。

2005年12月 6日 (火)

占い師のスカートの中は・・・

40l さすがに、もう、厚手のコートの出番ですね。この冬、どこまで薄着の身軽でいられるかと粘ったけど、限界。雪を予感させる冷え込みに、ぶるるっ…。

女性に冷えはキンモツ。

占い師として駆け出しの頃、腹部の激痛に立っていられなくなり、のたうちまわり… 救急車で運ばれてしまったことがあります。

原因は、おそらく「冷え」。一日中、屋外の店舗にいたためでしょう。

病院に着く頃には、痛みがウソのように治まってしまって。大変恥ずかしかったです。救急車の中があたたかく、渋滞で立ち往生している間に体が元に戻ったのでしょう。他の急患の方にも申し訳ない思いでした。生理直前で体調が不全だったせいもあったみたい。

初春、寒気もゆるむ頃。油断したのです。

それからは、冷え対策を万全にしました。

木枯らしふきすさぶ中、平然とアドバイスする占い師の下半身は、どこまでめくってもナマのお肉が見えないぐらい肌着、布類、ホカロン、ビニール?!等により堅くガードされております。

しばらく屋外で営業しておりませんが、仲間の健康が気になるこれからの季節です。みんな、元気でね。私もがんばります。(本日は内輪話にて)

2005年12月 5日 (月)

お手軽性格診断 コタエです。

Gaberaa_300_4 こちらは快晴の週明けで、陽射しがまぶしくて吹き付ける風が冷たくて、…ねむかったです。寝たら死ぬぞーヒトなんだから冬眠するなー!…、と、この時期いつも叱咤激励の必要な私。皆さまは大丈夫ですか? 大丈夫ですよね…。

人格、出してみましたか。

下一桁の数字だけを見ます。

1 しずかながんこものさん(高橋由伸さん)

2 我慢づよい偏屈さん(鈴木宗夫さん)

3 楽天家の目立ちやさん(横峯さくらさん)

4 (情熱の…)爆弾抱えた静かなひと(佐藤ゆかりさん)

5 ドンと構えた世話好きさん(浅田真央さん)

6 にぎやか好きの反発やさん(片山さつきさん)

7 豪胆にして冷静なひと(宮里藍さん)

8 悩める前進者さん(三木谷浩史さん、と、ニフティの古河建純さん)

9 度胸と知性とナマケモノさん(小泉純一郎さん)

10 義理にあつい正直者さん(安藤美姫さん)

カンタンすぎます? なにしろ”お手軽判断”ですから。早くしないと、テレビのニュースは次いっちゃうでしょ。なお、「さんずい」はもともと「水」の形から4画と数え、「くさかんむり」も同様のとらえ方で6画と数えています。

運命学に親しんでらっしゃる方には言わずもがなのことですが、1~10の数字を2つずつ順番に、木・火・土・金・水の五行に分けて、その特質をあてています。例えば、9と10は同じ水性でも、9は「海」のように大きくうねる陽の水、10は「雨」のようにシトシトとつたう陰の水として見ています。

この水性の9、10は、姓名学では有難がられない数字です。ですが、水は、どこへでも流れてその場になじみ、しみこむように知識・経験を身につけて、また他者を浸すように影響を与えることができる数だと、私は思っております。自分自身が有り余る水に溺れてしまうことだけは避けなければなりませんが。

2005年12月 4日 (日)

名前によるお手軽性格判断

heart_miniDこちらでは久しぶりの雨。冷えますね。

さて、と。自分の占法を紹介するときに「姓名判断」と入れるのを躊躇したぐらい、最初は好きじゃなかったのです。姓名による吉凶鑑定。

完全吉名は非常に少ないと思われますので。

「その名前では命を落とす」と、どこかの占い師に言われてから長年苦にしている人も、身近にいます。憤りを感じます。なぜそんなふうにしか言えないのでしょう・・・。

そんなわけで、お客様に要望され、必要に迫られて始めたのが姓名判断の勉強だったわけですが、きちんと学んでみると、根本には易の考え方があることを知り、どうしてそういう判断をするのかという仕組みに、興味が出てきました。

今、行われている姓名判断には、さまざまな流派がありますが、私は、姓名学の基礎を築いた熊﨑健翁先生の方式にのっとっています。漢字の持つもともとの意味をとらえて画数を数え、五行バランスに重きをおきます。

星座占いのような感覚で、てっとりばやく、性格を割り出すことをよくします。テレビを見ながら、気になる極悪人、小悪人、ヒーロー、アイドルさんたちの名前で、「人格」の画数を出すのです。人格とは、姓の一番下と、名前の一番上の画数を足したもの。その人の運勢を大きく左右する大事なパーツです。

私の名前だと、人格は、「仙乙恵美花」の「乙」(1画)と「恵」(12画)をあわせた13画です。

「恵」は10画ですが、旧字になおすと「惠」なので、12画と数えます。普段から「惠」と表記しないと意味がないと言う人もいますが、私は、好きな漢字を使ったほうが気分がいいものですから、直しません。

興味のある方は、ご自分の名前で出してみてください。旧字がわからなければいつも使っている漢字の数え方でとりあえず構いませんよ。各性格判断は、明日!

2005年12月 3日 (土)

占いの結果が悪かったら?

Denfare01a_450_1  さっそく易占いを試してくれた友人から「なにやら悪い結果がでて朝からドヨンとしてしまったよぅ」と、嘆きの声が・・・

ごめんなさいねー。

でもね、多くの占いは、もともと、一国を治める王様のような人達が利用していたものだということを、覚えておいていただきたいです。

王に、負けや失敗は許されないのです。必ず勝って、敵よりも有利に動かなければいけない。勝つためには、引きさがる勇気も必要、悔しくても頭を低くしてこらえる時も必要なのです。(勝ち組負け組といった線引きとはまるで違う話です、念のため。)

というわけで、余り嬉しくない結果が出た時に、「悪い!ガックリした」だけで、何を言われたかも忘れてしまうのは、気分がよくないだけでなく、もったいないのです。

言葉をよく読みよく聴いて。その言葉のめざすところは、あなたの状況を、これからプラスにすることなのだと、とらえることができた時に、占いを愉しく有意義に使えたということになります。

交渉ごとの結果を占って、ひどい結果を得たら、用心深くして相手の出方や状況を観察することです。「(意気消沈して)意見を言うな」ということでは決してありません。力む姿勢をやわらげて結果は案外うまくいったということもあります。恋愛ごとでも同じです、はい。

そのかわり、よいと思える結果を得たら、うだうだしてないこと。ラッキーな時だから努力しなくてもよいことがあるうれしいなっ♪ ということではないのです。

全力を尽くしてください。

中途半端に占いを使うのが、一番もったいないことだなぁと思っています。

あるいは、遊びなら遊びでいいと思うのですけど、それなら、なおさら、落ち込んじゃダメ!でしょう?

2005年12月 2日 (金)

トラウマ完結せよとの命アリ

heart_miniE師走に入りましたね。東洋占星術的には12月7日からを12月としていますが。

1月生まれは自信を持って行動したいとき。4月、8月生まれも意欲が出てくるでしょう。6月、7月生まれの人は、思い通りにいかないことがあってもこだわらずにかわせばよし。3月生まれは争いごと注意です。気のあせる時期ですが、体調管理に気をつけて2005年をしめくくっていきましょうね。

さて、トラウマ話の続きですが、気がつくと、私は「どうしてこんな目にあうんだ」と考えることがなくなっていたのです。

血縁や友人に死者が多く出たことも、「どうして」と苦しむ原因のひとつでしたが、運命学を学ぶようになってから、人の縁や運気の流れ、この世での役割といった考え方に目が向くようになり、心は落ち着きました。

また、それ以上に、「信じる」ということの明るさを思い出させてくれた人の存在があります。

疑っていれば、相手も、そういう行為をとりやすくなります。信じていれば、相手はその信頼を裏切るということをしにくいものです。きれいごとすぎますか?

私が20代初めにおつきあいした男性は、よい人とは言えませんが、思い返してみると、私も「信じて」いたわけではなかった。年上の方だったので、依存して、何をするにも決定を委ねていた部分がありました。依存は、信じることとは違います。2人の関係性の中で、私の存在をだんだん小さくしたのは、私の主体性のなさも原因だったと今は思います。

若い私は、大人の彼に私をどうにかしてほしいと思っていたのかもしれない。自分のことしか、実は考えていなかったのかも。彼を見ていなかった。

つらいことがなければ、「どうして」という思いから運命学に親しむこともなかっただろうし、今は、ある程度は(←強調)感謝しています。

信じるということは、相手を受け入れること。盲信とは別です。信じていようと思える人、そして私を信じてくれる人が今いることを、すごく幸運に思っています。

そうはいっても、信じる相手との相性はやっぱり大事ですヨ。気になる方は、ご相談くださいネ。

2005年12月 1日 (木)

だけど泣きたいときには

泣いちゃいましょ。

水がたまりすぎたら、ださなきゃね。

heart_miniB

昔の中国の人は、水は危険なものととらえていたみたいで、易の64卦の中でも、水の意味を含む卦は、よくないものが多いです。

水には、でも、勉強とか知性とか、インテリジェントな意味もありますよ。

私のサイトに易のおみくじを載せましたので、気晴らしにでも、お試しください。

http://emi-ka.com/

「iching」という項目からリンクしています。

自分で作っていながら、手前味噌で恐縮ですが、愛用してしまいそうです・・・

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