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2006年11月15日 (水)

前世が示してくれること

07mbbb

今日も自分のことを書くので、ご容赦願います。

前世が知りたい人、多いようですね。わたしは、前世はわかりません。

わかりませんが、だんだんと感じてくることって、ありませんか?

わたしは、争いの多い時代、土地に生まれていただろうと感じることがあります。人の死が身近にあった時代。死者と近い職務。ん、不吉? と感じたら読み流すコト^^; わたしはその仕事がつらかったのだと感じます。

このごろ、子どもの頃のことがよく思い出されるのですが(父に関係するのかも)、どちらかというと陰湿な子でありました。いじめられるより、いじめる…ということはありませんでしたが、人の悪口を陰で言いあってニヤニヤしているような子。普通の子、とも言えますが。

低学年の頃は、近所のお姉さん達から仲間外れにされていたのですが、当時は意識が混沌としており^^;嫌われていることがわかんなかったんですね。 少し大きくなってからは、運動音痴にもかかわらず、近所の子を男女問わずシキって遊んでいるような、ほんとーに可愛げなく、おねしょをしようと恥をかこうと平気な顔をして、人前で泣くこともない子でした(イメージ崩れます?)

そんなわたしでしたが、泣いてしまう場面がひとつだけありました。それは、小学校の高学年だったか… クラス同士で、なぜか争うような時期があり、放課後は、どのように敵のクラスを陥れるかの作戦会議が毎日、開かれていました。そして、敵のクラスへ、いやがらせをしに行く。教室では、クラスメートが守りを固めているわけです。

わたしは、そこで泣きました。「ケンカは、やめようよ~。うぇ~ん」

「なんで泣くの?」と、友達は、ビックリ、不可解な顔。争いといったって、一種、ゲームのような感覚だったのでしょう。高揚状態にこそあれ、悲しいなんていう感情は似合わなかった。

けれど、わたしは、どうして泣くのか自分でもわからないままに、必ず泣いてしまいました。そんなふうに見える純な子ではなかったのに。

その場面を、よく思い出します。

また、子どもの頃から「30歳で死ぬだろう」と、なぜか思っていたのです。その先の自分というものが想像できなかった。未来というものを、自分に関係あるものとして感じたことがなかったです。

20歳を過ぎ、身近で亡くなる人が出てきてから、生死に対して過剰反応するようになり、度を超えた苦しさから逃れたくて、刹那的な生き方をしました。そういう生き方をしても、30まで、という意識が頭にあるから、後で困るとかそういったことは考えなかったのです。

そして、30歳になろうかという頃に、これでは死ねないという思いか、どうせ長くないという思いからか、一番の無茶をしてしまいました。わたしは、タイムリミットを非常に意識していたのですね。

以下、省略。

今は、30をはるかはるかに過ぎて、生きながらえております。ばかね。

30歳を過ぎてからのわたしは、また次の自分なのだと感じます。ゼロから積み重ねている次の自分。手相も、随分変化がありました。

ふりかえると、人の死を近しく感じはじめてから、わたしは、苦しんだけれども、誤解を招くのを承知で言うと、「わたしらしく生きていた」、と、感じます。

家で庇護されていた頃より、社会へ出て、どうしてこんなに悲しいんだ苦しいんだと感じてやみくもにあがいていた自分は、大変「わたしらしかった」、と、感じます。(戻りたくはないのですが。)

だから、前世のどこかで、そういう時代に生きていたのだろうなと思うわけです。

また、大人になってからは、理由なく涙が出るようになりました。空を見ていると涙が流れ(笑)、川辺でぼんやり涙ぐんだりするので、友人から「前世は万葉の歌人ですか?」と笑われたこともあります。それだったら、いいのにな♪

結局、前世の生き方をなぞるしか、できないものなのかもしれません

それでも、無意識に、前世での悔いを、今生でなくそうと、減らそうと、修正しようとして、人はあがいていくのではないかと、そんなふうに今は、感じています。

とらえ方は人それぞれなので、「前世はない」「死後は消えるだけ」という考え方を否定しません。わたしのまわりは、そういう考え方の人は多いですし、そういう人もいてくれなくては。自分の欠点を全部「前世」のせいにされても困りますから!

わたしも、以前は、死後はないだろうと考えていました。死んだら仕舞いだと。

そうであってほしいという願いだったかもしれません。あの世でもこんなに苦しいなんていやだ、とか、あの世や来世があるんだったら、今の私はナンなの?という無気力感を感じてしまったからかも。それとも天罰が恐かったのかな。

30歳を遠く超えて、こうして振り返ることができてしあわせ。人に恵まれ身近な人達が元気でいて充分です。また10年過ぎれば、わかることもある。そしてまた10年過ぎれば、わかることもある。

お年を重ねた人は偉大ですね。その偉大さで、幼い者たちに道を示してくださいね。話を故意に転換してしまいました^^

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コメント

バルカンさん、こんばんは。

遊牧民とか、踊り子!? なるほど、そんな前世もありえるのですねぇ。やはり自然風物に恵まれたところでしょうか。バルカンさんからは感受性の波が伝わってきますもんね。

わたしは、芯が強いというか気が強くて随分苦労しました^^; 気が強いのと心が強いのは違いますから…

こんにちは(o^∇^o)ノ

前世ですか~♪
実は物凄く興味があります( ̄m ̄* )
なんとな~く前世は遊牧民とか、踊り子とかきっと自由気ままな生活を送っていた様な気もします(*≧m≦*)

恵美花さんのイメージ・・・崩れなかったですよ(o^-^o)
何となく「そうなんだぁ」と納得してしまいました(*^^*ゞ(いい意味で、ですからね!!)
芯の強さをいつも感じていますので(^ー^* )

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