思い出すこと
占い師デビューの季節が、ちょうど今頃でした。始発電車に乗って、テーマパーク「日光江戸村」の占い小屋へ遅刻しないで着くように、事前に、予行演習!を行っていた頃。
到着予定時間がギリギリだったので、スムーズに電車の乗り換えができるように、都内いくつかの乗り換え駅の下見をしたわけです。
予行演習につきあってくれた優しいボーイフレンド(そう書いておこう^^)のことを、この季節になると、思い出します。少々不安もある寒い季節に、心強く感じたものです。
今は近くにいなくても、あのとき”優しくされた”という記憶は、消えないものです。色々?!あったとしても、”あのとき優しかった”人の顔を、忘れていない。そして自分も優しい気持ちでいた、と、そんなふうに、思い出せる時間や出来事が、誰にでも、あるはずです。
ときどき、優しくされた記憶をたどるのは、悪いものでもないです^^ マンネリ気味のカップルも、ぎくしゃくしている人達も、あるいは、傷つけあって別れてしまった人も…、過去をたどれば、「そういえば、あの時は妙に…」と、思いやりを感じられた瞬間を、思い出せるのでは?(仮に全く思い出せなかったとしたら、その関係性自体、疑問です)。
忘れちゃ、だめですよ。
「あんなに優しかったのに、今は冷たい」と比べるからつらい。
優しい記憶は、いつか、哀しい記憶をおおっていきます。時間が、すこし、かかるかもしれないけれど。
優しい時間があったな、嬉しいことだな、と、思えたら、その瞬間から、それは宝物になる。
ときどき、宝箱を開けると、…複雑さはありますが、でも、元気が出てきますよ。人は、思い出に乗っかって、進んでいくんだもの。
「思い出のない人が一番かなしい」
って、何のセリフだったでしょうか。占い師仲間から借りた韓流ドラマだったか…よいこと言わせるなぁ、と、感心してました。
『博士の愛した数式』などは、その点を逆手に(そのまま?)訴えて、共感を呼びましたね。
「誰からも優しくされてない」と言う人は、これから、そういう思い出を作ればいい。そのためには、自分から優しくすることです。道徳の教科書みたいですね、ですが、だまされたと思って。
あなたが「愛がない」と、責めているその相手も、本当は、あなたから、優しくされたい、の、かも。
ひとは、複雑で、でも、案外、単純な、いきものなのです。
・・・思い出を作ってくれて、ありがとう。
思い出を、これからも、少しずつ積み重ねていきたいものだ、と、思っています。
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冬の江戸村の思い出は強烈です。鑑定とお客さんの呼び込みの合間に、雪かきしてましたから。寮の水道管が凍っちゃったし^^;今も占い小屋はあるはずです。皆さん、ご苦労されているだろうなぁ。
・・・
見えない「宝」って、泥棒に入られなくても、いつのまにかなくしてしまいやすいから、大事なんだな、と最近思うのです。前へ前へ意識は行くけれど(振り返ってばかりはだめだけれど)、後ろがあるから、前方へも行けるんだな…、と^^
寒い~ですね。風邪に気をつけましょ~
投稿: 恵美花 | 2006年12月 9日 (土) 23:57
日光江戸村まで行っていたのですね!!
すごいです!!
そう・・・思い出は何ににも替えられないものですよね・・・
優しかった時、優しくされた時。
きっと誰にでもあるんですよね。
自分では気が付かないうちにだってきっと沢山の優しさや愛ってあるんだろうなぁ・・・
それをちゃんと分かって受け止められるような心の優しさ?素直さ?を持てるような人になれたらいいな(o^-^o)
優しさを思い出すと・・・心が温かくなりますよね(^ー^* )フフ♪
本当、「宝」です。
沢山の「宝」を増やして行きたいです♪
投稿: バルカン | 2006年12月 9日 (土) 09:18