カテゴリー「心と体」の記事

2008年12月 2日 (火)

心のキレイなひと

Gin33今日はよい言葉を聞きました。

教室へ入ってくるなり、刺繍の額絵を見て「これですネ」とチェックしてくれたルパンさん(仮名^^; ブログを読んでいただきありがとう)。

「頑張ればわたしたちにも作れるかも?」と、持ちかけてみると、

こういうのは、心のキレイな人でないとできないですよねぇ!!」と、断言。

・・・たしかに。

何気ない言葉なのでしょうが、不意打ちされて感動しました。

それから、夜になって、年配の生徒さん(五ェ門氏^^;)の帰り際、「娘さん、お綺麗なのでしょうね」と、わたしがなんとなく口にすると、

ゴエモン氏、ギョロリとわたしをにらんで、

「綺麗じゃないですよ。…それに、きれいって、心の美しさが出るものでしょう」と。

よいことを言い切るあなたが素晴らしい。

・・・手相の分析は、勉強すれば誰でもある程度できるようになるけれど、それをどのような言葉で伝えるかPanda1122によって、受け取られ方が180度変わってしまうことがある。

言葉が大事。そして、その言葉の出てくる心が大事なのだと再認識した今日。

ちなみに、(書かないでよいと言われたけれど…)「入会に年齢制限はありますか」と最初に聞いてからやってこられた五ェ門氏は、「記憶力が悪いから」と、テキスト内容を携帯録音機に自分の声で吹き込んで、電車の中や寝る前に聞いているそうです。

録音された美声を聞いて(←お世辞)驚き、活力を分けてもらった心持ちになりました。

…写真上は、よその猫から届いたお葉書。下の写真は、パンダの食玩。赤いレバーを上下させると、子パンダの乗ったエレベーターが動きます。よくできています。パンダの国からやってきました。

いろんな方が(けものも?)、やってきます。有り難いですね。

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2008年6月23日 (月)

メッセージから解いていく

Heartc_300しっとりしてますね。雨による被害が、最小限であってほしいと願います。

…ドライの温度設定を23℃にしていたら「センセイ、エコじゃない」と26℃に直された日曜日。たのもしい生徒さんの多いこと^^

ただ、湿気は、心の中にも染み込んでくるものか、先週は少し気掛かりなお客様が続いて、忘れがたい人もいました。

やがて、明るい顔を見られることと信じています。



    「朝」

 何事もなく

 歩いているのだけれど

 軒下に置いてある

 四角い空き缶にたまっている

 砂まじりの水が

 気にかかり

 とっさに手に取り

 いっきに飲みほしてしまう

 よくない味はしたのだけれど

 体の心配ではなく

 今の行為を

 誰かに見られたのではないかと

 そのことばかり気にかかり

 できるだけ遠くへ遠くへ

 足を運ぶ

 朝

   (やまもとあつこ「まじめなひび」空とぶキリン社)



わかっていても、よくない水を飲んでしまいたいような気持ちになる… こんな朝は、わたしも経験があります。

ヒトは複雑で、自分で自分のことがわからない。それでいて単純で、他人のことはわかったつもりになっている。

わからない自分を、また同じように他人のわからなさを、愉しんでやれるようになると、ラクになることが多いものです。

手相の勉強をするのでも、吉凶を判別して運勢を採点しあうのではなく、どこをいかしてどこを軌道修正すればその人らしく充実するのか、そういう「メッセージ」の受け取り上手を目指してもらいたいものだと思っています。

さて、また月曜日。見上げる空が重くても、「とにかく行ってみよう」。みな、したたかに無事であれ、と、願っています。

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2008年5月19日 (月)

生きる自由は待つのではなくて

006

夕方になって降りました。雨が突然ザーっとくるとびっくり。車のボンネットからザンザン流れる様子をじっと見てしまいます。

たいていのものにすぐ慣れて飽きてもしまいがちなのに、雨や風がザーっとくるのに、慣れきってしまうということはないものですね。動物なんだ、と、思い出します。

長いいのちの動物。

このところ、年配の方に接することが多くあり(いくつからを年配と言っていいのか躊躇する昨今)、気持ちが”現役”といった人たちに共通しているのは、とにかくよく喋る、あるいは、趣味が多く語れる話題を持っている、あるいは、ブログや日記などよく書いている、ということでした。

また、バランスよくきちんと食べてもいる。

すべて、運命学的には、「火性」の行動。

火性は、精神の未来領域をあらわしますから、よく話しよく書き食を愉しむひとは、未来を生きるエネルギーを大いに稼働させているといえるのです。

…73歳の詩人が、著作のあとがきにこんなことを書かれていました。

「身体には能力ということがつきまとうが、言葉は誰もがそれなりに使える能力を持っている。その能力を使うことで生きる自由を得られる。」(鈴木志郎康「声の生地」(書肆山田))

生きる自由・・・。

作品のみならず、日々の記録を精力的に言葉と写真で記録し続けている人の言葉なので、説得力があります。足腰が不自由になれば、リハビリ通いを詳細に記録し、火性の未来エネルギー稼働の材料にしているのです。積極性を感じます。

生きる自由は、

待っているものではなくて、獲得すべきものなのでしょう。

…ここまでブログ文化が広まり、誰もかれもが、もちろんわたしも、ブログやホームページやミクシィなどのSNSに、様々なことを書き綴っているのは、「なんなんだろうなぁ」^^;と思うこともあるのですが、言葉を書くことによって、生きる自由を得ているのか、と、考えると面白いですね。

コンサートや映画や特別な体験で感動して、これを書いておきたい!誰かに話したい!という衝動にかられたことが、ほとんど誰でも一度ならずあるでしょう。そういうときは、生きている悦びを得ている瞬間。

言葉を発することは、生きる悦び、自由に結びついている。

だから、言葉が出なくなったとき、「何を言ったって仕方がない」となってしまったら、危険信号。

信号に気付いたら早めに手を打っていただきたい。

具合の悪そうな人を見ていると、頭のよく働く人が多いのです。理屈だけで答えを得ようとすると苦しいでしょう。そう簡単に、求める答えは出ないもの。

10年、20年後に今とは違う自分のいる可能性が微量でもあるとしたら、答えを出しいそぐのは、惜しい。

粘って。

喋って。

何度か間違っていいのです。



…写真は、骨とう品店で見つけたガラス玉を使って、ある方がこしらえたネックレス。長さを調節してチョーカーのようにしても可愛いいのです。とても、材料費○○○円とは思えません。目の付けどころがよいのですね。黒いのは、靴紐だそうです。いかに安く仕上げるかが関西流?!とおっしゃってましたけど^^

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2008年5月15日 (木)

準備しないなら心配しない?!

010天候不順な今日この頃、水回りの修理をしていて鼻風邪をひいたヒトオです。皆さまは大丈夫?(大丈夫ですネ^^)

生活感のなさからか、不思議ちゃん?!扱いされることもあるのですが、カードも使えばスパナも使うわたくし、ごくまっとうに生活しております。ただ、修理の際、普段使わない姿勢を続けたせいで今日は筋肉痛でした。お恥ずかしい。

ここ数日、少々気がかりなことがあり、スカッといきませんでしたが、そんなときには、ヒトオ・モットーその2をつぶやきます。

「心配するなら準備しろ、準備しないなら心配するな」。

いつもながら神秘的でないのですが^^;

心配しながら準備することは、気のめいる場合もありますが、没頭しはじめればしめたもの、意外な面白さを発見できることもあります。

なにごとも、不安が大きく育ちすぎないうちに、手を打つのが肝心。不運感なら、なおさらです。

…だんだん明るくなっていく人の手紙やメールの書き出しはたいてい「お元気ですか?」。

おしまいも「お元気で」など。定型なわけですが。安心感が伝染しあいます。

なかなか明るさを取り戻せない人の書き出しは例えば「体調はあいかわらずよくないです」など、マイナス報告で始まることが多いもの。

人と人は助け合い。愚痴を言い合えるのが貴重な関係。前向きな気持ちでいられないときには無理して前向きな報告をしなくてよいのですが、

いつもいつでも「元気?」のひと言を投げかけられない人は、危険な状態だと感じます。(あまりに無理して言っている人も同様に)。

本当は「元気出して」と誰よりも自分に言ってほしい人かもしれません。そうであればなおさらに。運気が硬直しないうちに、早めに不運スパイラルから抜け出してもらいたい。作り笑いでもいいから、鏡を見ては笑顔を映してほしいのです。

「元気出して」と。まずは自分に。



今日は久しぶりに暖かさが戻ってホッ。

中国の地震被災地の人たちにも、心穏やかな日々が一日も早く戻るようにと願います。

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2008年3月21日 (金)

嵐と笑いと

P1000725_3強い風。

気にかかることがあったのに、風を受けて進むのに必死で、アレ忘れてしまった^^; そんな昨日、今日。

ドコサヘキサエン酸を摂取しなくては。などと自分を皮肉りつつ、ほんとうは忘れられないこともあって。吹き飛ばされないで残ったことが、愉しかったという思い出ならシアワセです。

昨日、思いがけないところで知り合った女性は、介護士として病院で働いていた30代の方。今、小休止とのことで、多少揺れるこころが、その人をいつもより少しだけおしゃべりにしたのかもしれません。

老人医療、入院を巡る状況や人間模様を聞けて有意義でした。

最近、テレビなどで、医師の過酷な熱血労働が取り上げられることが多く、お医者さんも変わってきたのかな、本当のところはどうなっているのかしらと、思っていたのですが、話を聞いてみると、当然ながら、お医者様も色々で。医療の場で働く方たちのご苦労、改めて察せられました。

どんな分野でも、話を聞いてみると面白いものですね。

面白いというには悲しすぎる話もあったけれど、語る人がまっとうな人なら、「知りたい」欲望の強いわたしは、「知る」愉しみを満たしてしまいます。

そして、語る話のある方は豊かな人だと感じます。

「自分の職場のことばかり喋ってごめんなさい」

と、その人は言ったけれど、わたしはなんだか励まされるようでした。今までためてきたモヤモヤを「ごめんなさい」と語るその人に、繊細なこころと誠実さを感じて。

あまり誠実では生きにくい世の中だからこそ、がんばっていきましょうね、という気持ちになりました。

つらかったことでも、きちんと語ることができるようになれば、それが自分を支える力となって、さらに誰かを助けてあげられるのでは。

つらすぎるのは避けていくべきですが、一つもつらかった思い出のない人というのは味気のないものではないかとわたしは思います。

どんなことも無駄にならないのだという思いを強くします。



実は、出会ったのは、とある「お笑い」の場^^。笑いには、人を未来へ向かわせる「火性」のエネルギーがあります。火性には、春の到来(木性)を邪魔する「金性」を打って弱める役割も。

笑いとばせば春が来る。(お笑いに携わる芸人さんは、人の人生を変えもするのです)。

わたしの仕事のことは話しませんでした。また、どこかで会えたらいいなと思います。

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2008年3月17日 (月)

コチコチの体と心をほぐして、春

P1000717_3冬は冬眠、春には春眠…。うたたねの誘惑がたまらないこの季節、皆さまはいかが頑張ってお過ごしですか。

HPのウィークリー・メッセージを更新してありますので、手相と易とエトセトラに興味のある方はどうぞ。

さてさて先週は、某所で「全身バランス調整術」という、健康ストレッチをやってもらいました。

「やってもらった」というのは、一人でやるストレッチ体操とはちょっと違って、先生(か仲間)に補助してもらいながら行うものだったから。「整体」ではないのですが、似ている部分も若干あるように感じました。

あちこちの筋肉が伸ばされて、リンパの流れもよくなるようです。はじめての体験で詳しくはわからないのですが、1時間余があっという間。体操が終わった後は、心身スッキリ、顔の輪郭もスッキリとなっていて嬉しかったです。(定期的に続けないと効果が長続きしませんが^^;)

講師のおひとりは、アトピーがいつのまにか治っていたので実感を得て指導しているとおっしゃっていました。腰痛や姿勢矯正などにも効果がありそう。治療行為ではないのですが、自然治癒力が増すのではないかなと思われました。

読売文化センターにも講座があるそうです。興味のある方は、「全身バランス調整術」で検索してみてください^^



*メールの件で重ねてご連絡*

わたしからのメールを受信できないことがまだある様子。返信しても「届かない」というメールがまた送られてきてしまいます。(黒ヤギさん白ヤギさんみたいですね)

迷惑メールとして、パソコンが自動的に「迷惑メールフォルダ」に振り分けてしまっている可能性もあります。

私自身、連日たくさん来る迷惑メールを削除する前に、正常メールが混ざっていないかを念のため一通りチェックする日々。ほんとに迷惑なこと。

返事が来ないな、どうしたのかなと思ったら、「これは縁がないというメッセージ」なんてことでなく、お気軽に電話をくださいね。ここにいますから。

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2007年7月18日 (水)

デリケートな凶器

落ちなくても

天候も、からだや気持ちに作用しますね。

デリケートな凶器?ですから、ヒトは。

ここ二、三日、公私ともに、トーンダウンしたメールが続いているので、ちょっと気にしています。

どうしましたか?

気分のすっきりしないときに、思いつめたり、色々判断を早まったりするのは、気をつけてくださいね。

あわてないで。

自分を追い詰めるのも、また自分。ときには、目をそらしていいんです。

いいひと、じゃなくてもいいんです。

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2007年5月12日 (土)

大丈夫だから!

子どもの頃を思い出す夜更かししてしまいました。体は眠いのですが、気になる電話があって意識が目覚めてしまって。

深夜に電話が鳴るとドキッとします。(電話鑑定はしていません)。深夜、早朝の電話は不吉ですもん。応答する前に、身構える癖がついています。

案の定、あまり喜ばしくない知らせ。相手も、いつにも増して取り乱しています。

肝っ玉の据わったほうではありませんが、人が取り乱していると、職業柄なのでしょうか、冷静になってしまいます。

「落ち着いて。大丈夫だから」

猫が目を覚まして膝の上に乗ってきます。わたしの愛情を独占していたいので、電話が鳴ると、存在を主張しにやってくるのです。重いのです。

しかし、猫もやがて存在主張に飽き、寝床へ帰っていきます。猫はそんなものです、だから好きです。話は続いています。

「大丈夫だから」

話に出てくる人の星を、鈍い頭でパチパチ思い描きながら、「大丈夫」の根拠を探していきます。

緊張が解けたのか、話し疲れたのか、相手は少し落ち着いてくれましたが、電話を切ってから、わたしが放心。

落ち着かせようとして話す言葉は、自分にも向けた言葉だったのかも。

いつも、そうだったよなぁ、と、思い出してしまいました。

20代の頃、狂ってしまうんじゃないかと恐れていました。いっそ狂ってしまいたいと望んでいたのかもしれません。それぐらい、つらい時期がありました。外から見れば、何も悪い状態はなく、むしろ環境や人間関係に恵まれていたのですが。実際には、朝起きて顔を洗うようなことも、無意識にするということができず、すべての行為が苦痛でした。精神科の知人に頼ろうとしたことがありましたが、つきあううちに知人のほうがおかしい?!と感じてしまったら、もう頼る気になれず。よくも悪くも、いつでも、どこかが冷めているのです。

そろそろだめかもしれない。そんな頃、まわりで心の病気になったり亡くなったりということが続き、こちらはいつでも、心配したり哀しんだり後悔したりと現実的な側に回らざるを得なかった。明るく見舞ったり振舞ったりする一方で、ある種、異常な逃避行動でバランスをとっていたようなこともあったけれど。結局、わたしは、どこへ行ってしまうこともなかったのでした。

今は、こんなに変わるものかというぐらい、心は落ち着いています(当社比)。体がきついとか、シワが増えてイヤぁとか、仕事もプライベートもシンドイー、とか、そういうことがあっても、モヤモヤとした形のない不安、つらさというのはないのです。理由のある不安は、その時その時で対処していけばいいし、対処していくしかないのだと思ってしまえば、苦労はあっても、不安は余りないのです。

どうしてあんなにつらかったのだろう・・・ それで、傷つけなくてもいい人まで傷つけてしまった。深夜に包丁を握り締めていたような日もあったのに、今は、五十肩のリハビリにいそいそと通って、電気のビリビリ感が快感、なんてマヌケタことを言ってたりして。

へんなの。・・・

そう。 ひとって、へんなんじゃないかな。

だから、さ、

あまり、まじめに思いつめないでヨ、あなたも。

すべてだめになることなんて、そうそうあるわけじゃない。そう簡単に絶望しないでヨ。

願ってしまいます。

でも、電話を切ったあと、気が緩んだのでしょうか、涙が出てしまいました。わたしだって、哀しいときもあるのですよ、あなた。

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2007年5月 6日 (日)

怪我の功名。終わらぬ夜はない

P1000145

実はわたし・・・、五十肩になってしまいました^^;

いやーん。のっけから、神秘とは程遠い話で恐縮ですが。否定していたかったのですが、やはり、そうらしい。40代でも、なるのです。100人に2、3人が発症するということですから、多いような少ないような、身近な病気。肩から腕が痛くなり、後ろに腕が回らなくなります。

「背中が洗えないでしょう」と、病院の先生。

「はい。先生、洗っていただけますか」

とは、さすがに言えませんでしたけど。お笑いにしてしまいたいような、そこはかとない、せつなさを^^感じております。(業界では)若い若いと言われていても、年をとったのだなぁ、と、実感せざるを得ない。巻き髪もお花のアクセサリーもやめないけれど、ネングはそろそろ納めどきかも、なんて気持ちになりもうした。

そんなわけで、少々、集中力が長続きせず、休憩を入れたりして、生徒さんに若干ご迷惑をおかけするようなことがあるかもしれませんが、頑張りますので、ご理解ください。

ですが、五十肩は、治るそうなので、リハビリを始めました。年内治癒が目標。

リハビリ体操を教えてくれたのは、少し年上の知人。40歳の時に発症し、病院と自宅でのリハビリで半年余りかけて治したと聞き、心強く思ったと同時に、驚きました。

いつでも、取り乱すようなこともなく、小ぎれいで、品があり、自分の好きなことを堅実に押し進めてきたように見えるその人に、そんな時期があったなんて。

「痛いでしょう。つらいよね。でも、必ず治るから、元気を出して」

その言葉は、どんなオクスリよりも威力があります。

いつもより親密感漂う、病院でのおばあさんの病気自慢みたいな会話に慰められました。更年期になったらまた話を聞ける人がいるでしょうし、わたしもその話を伝えていける。いいですね。

たとえ重病でなくても、健康が損なわれる喪失感、嫌悪感というのは、「軽い」と片付けられるものではなく。不快な症状で悩まれている方の気持ちが察せられます。

「なるべく、動かしてください」と、先生。

「痛くて…」と、わたし。

「自分のからだでしょ」と、先生、ピシャリ。

(このセリフはもらった)と、思いました。どこででも拾い物はある。能動的であらねば、病魔だって、悪魔だって、祓えませんね。自分を助けるのは自分なのですね。当たり前だけれど忘れがちなこと。

そして、自分を助けられる人というのは、他人のことも助けられるんですね。私にリハビリ体操を教えてくれた彼女みたいに。

健康であることが一番だけれども、病気になるのも、悪いことばかりじゃないと、思えます。どんなことも、無駄には起こらない。

「わたしは治すよ。(だからあなたも)あきらめないで」というメールを、年中鬱々している身内に送りましたら、「(自分が)治ることを祈る」という、はじめて見るような前向きな返事が来て、嬉しかったこともありました。

健康面での不便は若い時の腰痛以来で、今まで丈夫でしたので、煩わしさは否めません。昨年来の病気運が今年にずれこんでいるのでしょう。ですが、体がつらいというのは、こういうことなんだな、と、改めてわかったことは悪くないのです。強がりでも自慢でもなく。心身の不調を嘆く人に親和の気持ちがわきましたし、自分は「一日終わってよかった」「無事こなせてよかった、よかった」になる。細かなことは気に病んでいられない。だから心は、穏やかです。

ものごとは、すべて陰陽でとらえられる。というのは、中国伝来の思想。悪いことの裏には、よいこともある。また、悪いことばかりは、続かない。悪い時代を嘆くなかれ。時代は巡る。悪い時代には、悪い時代の活用法がある。

真実だな、と、思っています。



最後に、付け足しのようですが、スピリチュアルなこと、添えておきましょ。生徒さんが、行ってきたと教えてくれた。「すぴこん」こと、スピリチュアル・コンベンション。

スピリチュアル、ヒーリング、カルト系?のコミケみたいな(ちょっと違う?)もので、全国各地で開催され、盛況を博しているようです。アヤしさも満喫できますし、オーラ写真や、守護霊、前世に興味のある人は、行ってみると愉しいでしょう。すごい人出だそうで、ヒトケにあたった人のためのヒーリングスペースもあったとか。

話には聞いていましたが、今回、細かく教えてもらって興味がわきました。今度は、6月3日(日)に横浜で開催されるそうです。ご一緒しませんか^^? わたしも、そのときまでには体調を整えておきます。いえ、会場で癒してもらいましょうか♡

こんな感じみたいです⇒東京すぴこん出展一覧

出店したほうがいいって?

まずは、お祭りを愉しんでから・・・

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2007年4月11日 (水)

あなたは、美しい

P1000177最近のお気に入りのお香は、エステバンのピボワンヌアンペリアル(舌かみそ)。スパイシー加減ほどほどのフローラルな香りが、落ち着きます。

雨の日に、お香を焚いていると、脳髄が?香りにいぶされて清められる感じがして、悪くないです。前向きに内省的になっていきます。

さて、わたしのホームページemi-ka.comのウィークリー・メッセージを更新してありますので、手相と易とエトセトラに興味のある方はご覧下さい。

そして、上の写真は、作り手の愛着の感じられる品々を記録してみたもの。

作った人の顔や人柄もわかるから、そばに置いておくだけで、なんとなく、自分もシッカリしなくては、と、思えます^^

形になるものを作るって、いいですね。

人の口に入る食べ物を作ったり、キャラクターを際立たせる服や小物を作ったり、人の集まる建物を作ったり、知識のもとを作ったり、、、作る仕事はすばらしい。

そして、作らないことも、またすばらしい。(ほんとだヨ)。

生きていること自体が、自分のストーリーを、一生かけて作り出しているようなもの。

誰に読んでもらうのでなくても、自然とストーリーはできあがって、最後の自分を待ち受けている。作り手は、自分。そして、自分に関わる人たち、家族。

…わたし、ときどき、何のために、生まれてきて、死んでいくのだろうと、いまだに思春期のように、思うことがあります。(ヒマ人^^?)

芽吹いて咲いて種を残しやがて枯れていく花に、人が目をとめるのも、その心のせいでしょうか?

枯れていく花も、また、美しいな、と、今は思います。胸を打つ、年老いた人の生き様に、出会って、わたしというストーリーも、また、少し、筋書きを変えていきます。

ギラギラした欲望も、哀しみの涙も、美しい。嫉みや恨みのドロドロも、また…

懸命に生きているひとは美しい、そして、ただ普通に毎日を送っているひとは、特に美しいと、今は、感じられるのです。

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2007年3月15日 (木)

カバとゾウ

P1000127_3季節の移り変わりに体がついていかず、調子を崩す人も多いこの時期。

いかがお過ごしですか?

かくいうわたしも、昨年のお花見シーズンに、足が腫れて、今年は右肩が痛くて。パンチができません^^

いずれも原因不明なのですが(そんなことも多いのでしょう)、念のために、先日、大学病院で肩を検査してきました。

話には聞いていましたが、大学病院って、待つんですねー。「2時間も待った」という話を聞いていたから待てましたが、実際に2時間が経過したときには、憮然。椅子を蹴り倒して帰りたくなってしまいました。ですが、それまでの2時間がもったいなくて我慢。結局、検査と再度の診察で計5時間かかって終わったときには、イライラする元気も残ってなかった。

このようにして、ひとは、飼いならされていくんですねぇ^^;

わたしがイライラしたのは、お腹がすいたからでもあるのですが…、飲食禁止の院内、もちろん携帯電話もいけませんし、まわりを見ると、具合が悪いから仕方ないとはいえ何もせず無言で何時間も待っている人も多く、すごいと思ってしまいます。

「だんだん辛抱強くなりますよ」と”先輩”からお言葉をいただきました。修行するには大学病院。ですが、まずは健康でいなければという思いがあらたに。

病院の先生を頼りにしておりますが、やはり、日ごろの体作りと、免疫力強化が大切と、実感。切らしていたハーブ類をさっそく補充しました^^

十年近く前にも咳が一ヶ月ぐらい止まらずに大学病院のお世話になったことがあり(小規模の病院だったのでそう待ちませんでした)、そのときは病院で治ったわけでなく、あれこれ試しているうちに、市販の薬のどれかが劇的に効いて治ったのでした。

気づかってくれる人の力も大きかったと思い出します。

そう。いつでも、思い出せるやさしい言葉や思い出が、なによりのおくすりです。

…今日のタイトルには特に意味はなく^^ 最近ナイトキャップになっている、いただきものの (ゾウが好むらしい)フルーツ&クリームのリキュールと、今日届いたカバの絵葉書。

見ていると、その人のことを自然と思い出し、贈ってもらった言葉を思います。

ちなみに、動物占いの「ゾウ」は、算命学で言う「天極星」。(カバさんは、動物占いに使ってもらえていませんが)。自分の死期を悟るような直感力と、肝っ玉の据わった強さの持ち主。強いひとは、外見、おだやかに見えるものです。

待たされてイライラしているようじゃ、だめね。

そこでまぁ今夜はシチュー。寒いですし。やさしくなりたい夜にはね。冷蔵庫に残ったキャベツをたっぷりいれまして。

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2007年1月 9日 (火)

関連の中で生きている

Pink_heartd_400_3おはようございます。

本サイトのウィークリー・メッセージを更新してありますので、興味のある方はご覧下さい。

メッセージの中で、人と人が出会うことによって性質が変化するということに少し触れたのですが、出会いの不思議さ、おそろしさ?!にますます魅せられていく日々です^^

昨日、成人の日ということで、「成人を迎えた若者にひと言」なんてテレビの一場面がありました。「今の若い人達は…」と言い出すようになったらおしまいだ~とずっと思っていたわたしですが、つい、ひと言^^;(おしまい?)

「自分だけで生きているのではないことを、意識していてほしいな。」

自分が口にする言葉や、自分のとる行動が、必ず、他人の人生に影響を及ぼし変化させるということを、自覚してほしい。無力ではないし、責任がある。

若いうちはナマイキ結構、むちゃくちゃ結構、なんでもやってみて痛い目にもあってみればいいと思うわたくしなのですが。無責任な言動をすることは、他人を軽んじているだけでなく、自分の影響力さえ軽んじているということだから、話が違います。

自分自身の価値を認めていないから、その場しのぎの行動や、人から言われるままの行動をとれる。それを繰り返せば、外見はどう見えようと、自信はなくなっていく。

自分を軽くみないでいただきたいです。

事件などおこさなくても、利口ぶったり、イキがったりしなくても、普通に生きているだけで、人は、他人に影響を及ぼすことができる。生きている限り、影響しつづけている。若い人に限ったことではありませんね。

人と関わって生きているということは、面白いことだし、おそろしいこと。そして、スリリング^^です。

・・・ときどき、「あれ、こんな場面がいつかもあった気がする」と、いわゆるデジャヴ現象があるでしょう?

あれは、色々な人の魂の片鱗を、受け継いでいるから、という説があります。

色んな人の魂を借りて、自分の体は今ここにあるのです。

そう考えると、心強い気に、なりませんか?

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2006年11月 9日 (木)

死ぬな

19mb_1なんてタイトルでしょ。

けれど、そんな気持ちになります、時々。年末をそろそろ意識し、平穏に年越しを迎えたいと思うからでしょうか。

死ぬ気でやればなんでもできると、よく言われますが、実際に自殺の恐れのある人に接すると、すごく頑張って死のうとしています。

その頑張りを断たせるのは、なまやさしいことではないと思います。

わたしは、大変つめたいことを言いますが、死ぬ人をかわいそうとは思いません。

むしろ、ひどい人だと思います。残された家族や身近な者の心に消えない傷を刻んでいくのです。

ですが、それは、死んでいく人のひとつの意地であるのかもしれません。

命は重いと言いますが、実際には軽く扱われますね。姥捨て、間引き、戦争による大量殺人…。昔話ではありません。弱肉強食が世の習い。借金返済のために自殺する人も増加しているという昨今。「死んで清算」。ひき逃げも多い。昔も今も、命は、大変、軽いものみたいです。

どうせ軽い命なんだから、開き直ってみたらいい。

頑張って死ななくても、死に時がくれば死にます。宿命をまっとうして、あの世では安らかにいたいものです。が、死ぬ人には、何か役割があるのでしょうか?

無言のメッセージ。

残された者の運命は変わります。この世の出会い、出来事に、意味のないことはないから。悪い出会いもよい出会いも、メッセージをたずさえてやってくるのです。それだけは、確実なこと。そして、

あなたを不幸にさせるために送られるメッセージはないのです。

それからどうなるかは、受け取り方次第です。

話がまぜこぜになっていますが。なぜ、今、この状態がわたしにふりかかっているのだろうと思ったら、それがひとつのメッセージです。メッセージを受けとめて、「逃げる」「やめる」「戦う」「相談する」「守る」といったカードを、某CMのように選択はしても、「死ぬ」のカードは選択肢ではないのです。なぜなら、それは、天が与えるものだから。

不幸にするために、天は命をさずけていません。

どんなひとにも、役割があります。



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2006年10月17日 (火)

「大好きだからね」

30m 深夜です。

最近、嬉しいことと不愉快なことが一緒くたに押し寄せてきます。そういう流れなのだと受け止めているのですが、ときどき、キャパを超えそうに(…か細いですので…)

ふだん、相談を受ける側ですので、自然体でありつつも、どこか自分を抑える癖がついています。よほど切羽詰らないと自分から相談することはありません。(お食事処や遊び処などの相談以外は!!)

こころを抑えられない自分というものを、いつしか、認めがたくなっています。(よく学んだ)”ご立派な人”でいたくなったのですネ… ですから、思いがけず、そういう状態になると、落ち込みが深いです。

・・・「あまりおさえていると、(自分みたいに)病気になるよ」

と、ものすごく久しぶりに電話した友人にアドバイスされました。

仕事(中間管理職)やプライベートで自分を抑えることが長くつづいて、友人は休職して神経内科へ通うことに。

でも、そういう経験があるから、話してくれることに真実味があるなと感じます。

「元気なうちに、いろんなストレスがたまったときの対処法を準備しておくといいよ」

と、アドバイスされました。

「呼吸が浅いのがだめなんだって」

と、腹式呼吸やヨガを勧められました。

下世話な話から何から交えて1時間以上話していました。「占ってよ」と友達が言うのを無視して(…)アドバイスを受けるままになっていました。わたしは、用事がないと普段は電話もめったにしないのですが。

そして、

「大好きだからね」

と、最後に、心持ち大きな声でそう言って、友達は電話を切りました。

突然のことで(照れて)

「わたしもっ」と気軽に応じれなかったのですが… 素直に、嬉しかったです。

長年、どちらかというとおかしなわたしの道のりを、口を挟むことなく見ていてくれて(「実はびっくりしていたのだ」と今になって聞きました^^;)、恥ずかしい話もしてくるし、できる人、そして同じように年を経てきて… だから、その言葉には、何か、言葉以上の言葉が感じられて。

電話を切ったあと、すぅ~っと、こころが落ち着いていくのがわかりました。

・・・人は、人を元気にさせる力を持っていますよね。

自分が病気して、どんなことをされたら元気がでるか、どんなことがストレスを増すのか、よく知った人だからこそ、また、人を励ませるということがあるのですね。

弱いことを恥じなくてもいいんだな。そうでは、ありませんか?

何度でも何度でも、こころを新たにしていかなくては、と、思います。

本サイトのウィークリー・メッセージ、更新してあります。今週は面白そうですよ♫

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2006年9月24日 (日)

日本の贅沢

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爽やかな陽気となりました。

この季節、鈴虫の鳴き声を聞きながらお風呂に浸かるのが楽しみのひとつ。雑念を、ひととき忘れることができます。

そして、夜もさらにふけてきて、音楽を止めて、明かりを消して、横たわると、やはり、虫の声。どうして、こんなにも美しい音を鳴らすことになったのだろう…。

季節が、確かに巡っていることを確かめることができます。そして、自分も、時間と自然の中の、小さな一部分であることに、安らかさを感じることができます。

無理をしなくてもいいのだ。ただ、自分のやることを、たんたんと進めていけば充分なのだ、と、思えるのです。

昆虫や、動物、植物や木々の気配を感じて生きることには、うるおいがあります。彼らの精巧なるメカニズムには感動があります。あわただしい毎日だからこそ、自然の仕組みに目を向ける余裕を作りたいものです。

好きな人や嫌いな?人のことで頭がいっぱいの人も、ときには視線を切り替えて、何があろうと規則正しく時の行いをする動植物や、思いもよらない動きを見せる空や雲の様子に、心を遊ばせてもらいたいものだな、と、思います。

余裕が心に生まれれば、グッドアイデアも湧くというものです。

都会や住宅街の片隅でも、自然に触れる機会はいくらでもある。とはいえ…、そろそろ、ひなびた温泉が恋しくなってきたわたくしです^^;

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2006年4月 5日 (水)

求めたときに師はあらわれる

2005sakura08b_400というわけで? きょうだいは郷里へ帰っていきました。「ありがとう。楽しかった。人間ドックは必ず受けてね」との言葉を残して。

今回、自他共に認める”かよわい”きょうだいは、多くの名言を吐いて、私をギョ、ギョっとさせました。

いわく「でも、お母さんはあかるいから許せてしまうんだよねぇ。またいつもの言ってるわ、って感じ。おばあちゃんのときとは違うよ。おばあちゃんは、悪いけどちょっと暗かった」

お母さんというのは同居している継母で、大変いい人なのですが、批評力が鋭く、その一番の矛先がそばにいる彼女へ向かっているようなのです。何と言われているか聞くと、ちょっと心配になってしまうほど・・。

きょうだいは、かつて、実の祖母にいじめられていて(それだけが原因でなく、私にも責任がありますが)心の病の引き金をひいたのでした。コトが深刻になるまで誰も気づきませんでした。

きょうだいは、人がいいというか、何を言われても反発しないで抱え込んでしまうタイプ。学校でもいじめられていたようです。それで、私は、また手遅れになっては大変と怖れたのです。そうしたら、先の発言。

あかるいから許せてしまう・・・。(許す?)

なんという、まさにあかるい発言。二、三年前まで笑顔もなかった人から出た言葉とは思えません。うれしくて、

「そうなの? じゃぁ、私ももっと明るくならなくちゃね。そしたら許してもらえるんでしょ」と、ニヤけて言ってみました。

「○○ちゃんも、もっと明るくならなくちゃね。そしたらみんなに許してもらえるもんね」と、さらにしつこく言ってみました。

きょうだいは、(なに言ってんの)という顔で、私を見ておりました。

いつも「もっと笑って」「鏡見て笑う練習しようよ」とハッパをかけてきた私の、はるか先を行かれてしまった思いです。

油断禁物。ひとは知らぬ間に成長し、ひとは知らぬ間に堕落する。

私はいつでも、きょうだいより多くの知識・経験を蓄えている気になって、きょうだいを置き去りにしてきたような後ろめたさが絶えずあり、彼女に何かをしてあげなくてはと、切迫した義務感を背負っている気になっていたように思います。

ですが、私がある面、浮世離れして、運命学探求に没頭しているうちに、気づくと、彼女は、ちゃんと大地に足をつけ、モノを言い始めている。いつものように心配顔であれこれと将来の不安を訴えるその一方で、これまでとは違う、何か悟ったような言葉が出てくる。

人間は、おもしろいですね。

きょうだいから何かを学べるとは、これまで考えたことがなかった。私は、愚かにも、一生涯、きょうだいの面倒を見ていかないといけないのだと諦めまじりに考えることのほうが多かった。愚かでした。

私の尊敬する人とは、世の仕組みの、なにごとかを私に教えてくれる人です。

その行動で。その存在自体で。

今日も、ひとりよがりな文章でウザイかもしれませんね。しばし、放っておいてください(笑) けれど、私は、うれしかったのです。この世の師が、ひとり増えたことが。しかも、考えてもいなかった、こんなにも身近に・・・

きっと・・・ このきょうだいを心配し割れ物を扱うように大変な努力で庇護している郷里の老父も、でも、いつか、この真実に気づくのではないか、と、思ったのでした。

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2006年3月10日 (金)

信号・対処・あの世と自分

060308_165844_M雨降りの金曜日。

街ゆく人の服装を見ても、厚いコートの人、軽々と薄着の人、いろいろですね。 気持ちは春本番へと向かっていますが、まだ体がついていってません。調子を崩しやすいときですので、風邪予防怠りなく、気をつけていきましょうね。

昨日は、渋谷のisola BELLAで、甜茶をたっぷりいただきました。どうやら、花粉症様が、いよいよ私の体内でも稼動しはじめたようなのです。「今のうちに、甜茶で流して、流して」って、isolaの店長さん(花粉症の先輩^^)から、鼻のかみ方などの逆アドバイスを受けておりました。

ヤンキースの松井選手が「鼻を取り替えたい」と言う感覚も、わかってきてしまいました。思春期の頃、クラスメートにかなり遅れて生理がはじまったときの戸惑いと喜びが・・・ありませんって!

他に、私が所有する不快なアレルギーは、金属系。イヤリングやネックレスを地肌に長時間つけていると、皮膚がほころびてきます。 理由がわからないとき、ただれるままにしていて「エレファントマン」と呼ばれたことも・・・。だからピアスはできません。猫アレルギーの友人は、我が家へ来るとティッシュの使用量がばかになりませんし、そばアレルギーの友人は枕投げに参加できません(?! 命に関わるそうです)

でも、「もうこれ以上受け付けません」と、からだが信号を出してくれているわけですよね。この信号機能がないままに、アレルギー物質をからだに取り入れていったら…と想像するとおそろしい。アレルギーは煩わしいものだけれど、信号がなくなるほうがもっと怖いと感じます。

・・・ 信号を嘆かないでください。

なにか、不快で不本意なことが起こったときに、「絶望する」か、「対処する」かで、人は、大きく分かれますね。

絶望の下降エレベーターのスピードは急であり、対処の階段はゆるやかなものです。

どういうわけか、人は、急激なものを選びやすいのです。まるで自分を無くそうと急ぐように・・・ 

これは、過剰にエネルギー消費する人間が増え過ぎないようにという、地球の仕組みなのでしょうか?

アレルギーの話は例えであって、もっと深刻なことがありますね。でも、下降エレベーターに乗り込んでしまった人でも、戻ってくる人と、戻れない人がいる。 その違いはどこにあるのでしょう。

また、戻らない人の、この世での役割は何なのか。そんなことを、お客様と話すことがあります。

急逝した友人が何人かいます。 さみしく亡くなった人は、あの世でもさみしいのだと聞いて、私は、かなしいのです。

今の私なら、もっと違うことを言ったりしたりしてあげられたのに。私は、自身のことではまず後悔しませんが、亡くなっていった人たちにだけは後悔があります。彼らの死が、今の私へつながる信号だと考えるのは、おごりすぎている。彼らの信号に「対処」しないといけなかった。彼らの身近な人たちも、いいや、彼ら自身も「対処」してほしかった。

けれど…、亡くなった人たちは、生きていたとき以上に、私の脳裏に存在を増して住みついていて、消えるということがありません。だから、彼らは、やはり、生きているとき、言わなかったけど、とてもさみしかったんだなぁ、と、思えるのです。

おかしな話になってしまいましたね。

日が暮れてきて・・・。夕暮れ前の西の空、かすかに赤みが射していました。

上の写真は、GOLDEN DAWNタロット「隠者」のカード。隠者:瞑想、内省、精神的な愛、理解、助言者、研究、孤独、準備、結婚・・・ 私がよく引くカードのひとつです。 恐れの場所の「悪魔」(!…束縛、誘惑、欲望、疑惑、セックス、不健全、不必要な罪悪感、責任)とコンビで出てきます。(書かないほうがよかったかも? 悪人ではないつもりですが)

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2006年2月26日 (日)

こどもの私に支えられて

yasiki幼児のころは、たいていは、みなしあわせでした。

お腹がすいたら食べる。お腹が満ちれば幸福なのです。 いきものの自然な姿です。

東洋の占いでは、そんなふうに、自然のままに、無理をなるべくしないで生きられればしあわせと、とらえることが多いのです。

無理をしないためには財も必要となりますが、自分をまげて無理を重ねて得た財ならば、しあわせにつながらないでしょう。お金は人を変えます。地位、名誉にしてもしかりです。

財を得たら得たで、「じゃぁその次は?」と、なりますが、その次のしあわせというものが得がたいのだなぁということを、多くの実例から実感しています。

60になっても、70になっても、自然に人間らしく生きていくということは結構むずかしいのだなぁと感じます。

逆に、自然に生きていられるひとは、どんなに財を得ても、地位、名誉を得たとしても、本質は、変わらないように見えます。

私自身は、幼児の頃は、今、ふりかえれば、かなしいことがたくさんありました。でも、当時は自分のことを不幸だなどと感じたことはなかった。好きなカレーが食べられたり、おみやげにお菓子をもらったりすれば、充分に幸福だった。

あの頃のような幸福感を、大人がふたたび得ることは可能だろうか? それができれば、本当にわずかなことに嘆いたり人をねたんだりすることも減るのでは? けれどそれは案外、難しいことなのかもしれないな、と、そんなことを最近、考えるのです。

・・・あなたは、子供のころのことを思い出すことがありますか? きっと、今でも、思い出の淵から、あなたに手をふっているはずですよ。

ときには、自分の中にいる子供と、会話をしてみてはいかがですか。

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2006年2月 4日 (土)

柔軟性という武器を手に入れる

bara0009節目、節目を意識するといい理由は、生き方を変えるチャンスだから。

変えるといっても、じぶんの性格を変える必要はなく、自分本来の質が輝く生き方に変えるということ。

生き方を変えるというのは、ただ環境や相手を変えることではありません。うまくいかないからといって、次々と仕事や趣味や付き合う相手や結婚相手…など、目先のものを取り替えていってみても、自分自身はいっこうに変わらないのです。

車窓の風景がしばらく変わるだけで、自分はいつまでも同じ車で同じ運転の仕方をしています。だから、同じ不満足に必ずいきあたり、また取り替え、ということに。

生き方を変えるというのは、運転の仕方を変えていくようなことですから、風景が変わるのはもちろんのこと、休憩の場所、時間から、そこで出会う人たちの種類や交わす会話も変わってきます。

生き方を変えることができると、柔軟性が出てきます。

自分が変われば相手も変わると、よく言われるのは、このようなことではないでしょうか。時間は有限。不満を口にするばかりで日々を重ねていくのはむなしいことだと思われます。節目を上手に利用してみましょう。

満足して暮らされている方には関係のないことかもしれませんけれども。

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2006年1月13日 (金)

ゆるす、ゆるされる幸福

060今日も占いとほとんど関係ないコトを半眠りでつらつらと。

私が尊敬しているのは、非を認めたら謝ることのできるひと。立派な方は、悪いと思えば「すまなかった」とおっしゃいます。なんだか当たり前のこと? でも

年を重ね肩書きがついたりして子どもや部下から謝られるほうが普通になってくると、自分が悪かったと認めたくないかたくなさが育まれてしまうひとも多いですね。 私も、このごろは、謝る前に「くっ」というような音が内面で鳴るように思えてきて、マズイ!と感じています。

悪くもないのに火の粉を避けようとぺこぺこ謝ってばかりも考えものだけれど。

自信のないひとと、謝れるひととは違います。

今まで自分のやってきたことに自信があれば、ひとに頭を下げたぐらいでびくつかないはずです。

「悪かった」と言えなくなったら、おしまいなんじゃないかなと考えています。

何がおしまいかというと、「成長」。

別に成長したくないひとは、それでよいのでしょうけれども。成長しないのだったら、生き続けていく甲斐がないな、つまらないなぁと私は考えるほうです。


「御免」は、許されることの敬語と、辞書にありました。

ゆるす。ゆるされる。・・・

「ごめんね」と、言える相手がいて、「いや、自分も言いすぎた」と答えてくれる相手が、今、いるとしたら、あなたは、とてもしあわせなひとなのですね。


さて、明日はもうちょっと違うこと。

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2006年1月 9日 (月)

心が強い?気が強い?

n_75昨日の補足ですが、運命線は手首の真ん中あたりからまっすぐ出ているとは限りません。人によっては、親指の下からとか、その反対で小指のずっと下あたりとか、あるいは生命線の途中からとか、手のひらの真ん中あたりから突然始まっているとか…、実にさまざまです。ですから、運命線がないと思っていた人でも、鑑定させてもらうと、「運命線、あるじゃないですかー」ということも多いのです。


さて、気が強いとか弱いとか、よく言いますが、「強い」というのはどういうことなのか。今日は、運命学を学びたての頃に聞いたことで、私の印象に残っていることをひとつ書いておきます。

「心が強い」人は、やわらかさが表に出る。おだやかで、人に左右されない。素直にものごとを受け入れる。

「気が強い」人は、強さが表に見える。強く見られながら、中身は弱い。つっぱねる。気が強い子は、つっぱりグループに流されやすい。いじめっ子になりやすい。

親の愛情が偏ると、「気が強い」子が育まれてくる。


いかが思われますか?

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2006年1月 4日 (水)

カミサマが教えてくれたこと。

n_30明け方近く寝付く前にふと、子どもの頃は神棚にしきりとお祈りしている子であったことを思い出しました。「(父と母が)喧嘩しませんように」、「頭がよくなりますように」(笑)、「魔法使いになれますように」などなど…。拍手を打ったり指を組んだり十字を切ったりしっちゃかめっちゃか。されど気持ちは真摯そのもの。

母は放任、父は全否定(「子どものうちは人間じゃない」と)、そういう家で、年の離れた妹弟とは話があわず、人と理解しあうということを体感したのが遅かった。おのずと、会話する相手は、物語の中の登場人物と、「カミサマ」ということになりました。

寝付けぬ夜にも、「100回祈りますから」とか「今日は300回」とか、ぶつぶつ祈っていたのでした。

カミサマは、願いを叶えてくれたでしょうか?

いいえ。カミサマに頼むだけで自分の思い通りになったことなど、そうなかったように記憶します。

それでも、カミサマを恨んだりなじったりしたことはなかった。祈るということは、不思議ですね。

ひとには何かよりどころというものが必要です。気心の知れた友人や、話せる家族だったり、ときには傍らにいる動物や植物。ひとりでは生きていけません。

今日は、なんの結論もないのです。

つらつらと、そんなことを思い出しながら、3日、家の近くの社へお参りしたあと、早稲田にある穴八幡神社まで出てみました。今年は大切な年なので、穴八幡で配られる「一陽来復」のお札をお祀りしたかったのと、小さな有名な神社を見ておきたかったのと。

お札をもらうのに30分余り待ちました。何であっても、1時間以上待つようなら並ばない私なのですが、空が青いし、まぁいいかと、空を覆って茂る古木の枝葉を眺め待っていました。そんな時、誰と会話しているかといったら、自分とです。子どもの頃も、カミサマと話していたものか、自分と話していたものかは判然としません。他に話せる相手がいなかったからというだけの理由。

なんの結論もないのですが、空を眺めていたら、また父母のことが思われました。どうしてこの親だったのだろうと以前はさんざん思っていたものですが、私が自分とよく会話し考えることを覚え、また、外にコミュニケーションを求め慰めを求め学べるものを求めて、自分が今しっかりあるのは、やはり父母のおかげなのだなぁと思ったことでした。

この年末年始は特に、そういう思いが強く、涙ぐんだりしてしまいました。ヤバイみたい?!です。

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2005年12月15日 (木)

ジェラシー

Bath_candlea_medium_1 そうは言っても(先日の続き)、好きな相手の言動は、ヒジョーに気になるものです。嫉妬という心は、脳のどのあたりから生じてくるのでしょう。なんのために? ねぇ。

手相から、嫉妬心の強弱ははかれます。主要線でいくつかあげると・・・

まず、感情線(小指の下から人さし指方向へ伸びる線)が長い人。人さし指の付け根の丘(木星丘)へ深く入り込んでいる人です。愛情が濃すぎるのです。相手を自分の管理化におきたいというエネルギーが発揮されます。

また、感情線に乱れがあると、心もちぢに乱れやすいものです。

それから、運命線(手首やその他下方向から中指へ向かって上昇する線)の濃い人。自分中心的に生きる人です。よくも悪くも自分が主役ですから、相手の勝手に寛容とはいえません。

結婚線の濃く長い人もヤキます。パートナーとの絆感覚が強いため、相性のいい恋愛や結婚であれば最高なのですが、悪く出ると、60才、70才になっても嫉妬心に悩まされることがあります。

あとは、知能線(親指と人差し指の間から出て手のひらを横切って伸びる線)。下方に長く知能線が伸びている人です。想像力の豊かさが災いして、相手はいつもはあーなのに今日はこーだからきっとそーに違いない…と、考えなくていいところまで想像して苦しんでしまいがちです。

手相でも算命学でも同じなのですが、つくづく思うことは、「ほどほどが一番しあわせなんだなぁ」ということ。中庸で生きるということです。愛情が濃すぎても、また薄すぎるようでもうまくいかない、不満がでる。ほどほどが、自分も相手も幸せです。

愛情に限ったことではありませんが。

「ほどほどで満足する」というのは、けれど、なかなか難しいことなのですよね。

また、生まれながらに、ほどほどでは生きられない、偏った宿命を持って生まれる人もいます。そういう人は、極端な話、天に昇るか地に這うか、どちらかしかないのです。どちらを選んでも苦しみはあります。

ですが、人は、そういう激しい生き方に憧れてしまうものなんですね。

「運命線が濃く出ていればすばらしい」と、単純には私は思わなくなってきました。どういう相、宿命を持った人が、どういう生き方をしているかが、問題なのだと思います。

ちょっとジェラシーと話がズレちゃいましたね。今、深夜です。

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