カテゴリー「旅行・地域」の記事

2006年3月 4日 (土)

出会いとさよなら

060228ring2今週の木曜日は、渋谷のisola BELLAで懐かしい方々にお会いしました。2人はドッキリ遭遇。1人は突然、お電話いただいて。うれしかったな。

isola BELLAのオーナー、Iさんも、いろいろと経験のある方で、世間話をしているだけでも、出会いや運命の不思議を感じられ、愉しいのです。そういう人がオーナーだと、集まる方々も、ひと癖ある?!ひとが多く。 これからどんな道をたどっていかれるのか、見ていきたいものだなぁと思わせられます。

「地方出身なので渋谷は苦手」なんて言う知人もいるのですが、バリバリの?地方出身者であるわたくしは、渋谷には縁を感じます。新宿あたりよりも、親近感のある街です。夜遊びスポットは、全然詳しくないのですが。

渋谷で、公私ともに、どれだけの人に会ったか、待ち合わせしたか、わからない。

ハチ公前の交差点で信号待ちするたびに、あのときの、瞬間瞬間がよみがえります。道玄坂も思い出深く(笑)。

今、鑑定したりご紹介いただいたりしているお客様のほとんどが、公園通りの渋谷店に勤務していたときのご縁です。(続いては、横浜の赤レンガ倉庫店にいたときのお客様)。

新しい出会いを、また渋谷から。そう思って、愉しみに通っている木曜日です。

そして、金曜日は、近所の自由が丘グリーンフラスコでハーブを調達。ハーブとアロマのこのお店は、4月に今の場所(サンクスネイチャー2階)から、自由が丘南口へ移転するそうです。ちょっぴり駅から近くなります。

グリーンフラスコで買った「解毒のためのブレンドティー 新月」(どくだみ、アーティチョーク、ローズマリー、ベルベーヌ)を飲んで眠ったら、そのせいというわけでもないのでしょうが、懐かしい夢をみました。 …あの時代は、どんな意味を持っていたのか、私にとって、あなたにとって…。 かわらぬ穏やかな口調の飾らぬひと。 ずいぶん前にさよならしたその人に、もう一度、夢のなかで別れを告げました。

今日は、つれづれなるままに。

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2006年2月17日 (金)

中華街の美

sen寒暖の差が激しいですね。体調を崩していませんか? 気をつけてくださいね。

私は寒がりの汗っかきですので、この季節、バッグに薄型カイロと綿のキャミソールを必ず入れています。 体温調節機能が優秀といえない人は、ツールに頼るしかありませんので。(体質改善しなさいって? ご専門の方、お手ほどきよろしく)

今日届いたニフティのメールマガジンによると、横浜中華街の占い界を取り仕切る山縣さん監修の占いサイトがオープンしたとのこと。さっそく、見てきました。中華街では、1000円手相で圧倒的な客数を得ているところですが、サイトは算命学鑑定に絞られていました。パターンの複雑な手相は、インターネットにはのりにくいのかもしれませんね。

私も以前、中華街で一時期、鑑定していたことがあります。上記の山縣さんの取り仕切る鑑定所と、もう、すぐ隣に、私たちの鑑定所はありました。それぞれ、何人もの鑑定士を並ばせて、しのぎを削っておりました。騒然たるものでございました・・・

また、軒を借りている店舗サイドとのバトル?やらなにやらもありました。

多くは語れませんが、占い業界の業界っぽさのようなものをはじめて体験したのが横浜中華街です。

とはいえ、私は組織の一員に過ぎず、それを離れれば、お隣の鑑定所にも顔見知りの占い師がいましたから、「なんかギスギスしてお金お金でいやな感じだなぁ」ぐらいの呑気な気分でいられたわけです。

組織、グループをひっぱり業界を仕切り生き残っていくというのは大変なことなのでしょう。

私がもと所属していた組織も、規模が大きくなるにつれ体質は変わりました。組織というのは変化していかなければ維持できないものなのでしょう。

奥歯にものの挟まったような書き方をしておりますが、何の他意もなく。

みな、お金があればあるほうがいい。あたりまえのこと。良識から、カネカネという顔はしませんが。

中華街というのは、良識とか関係なく。カネカネという顔をしていてよいところです。

恥じらいや隠すようなところなく、命の維持に欠かせない食を提供する街。 すました顔で人をだますようなことではなく、見たままなのであり、ある程度ぼられても仕方ないなと思わせるところもあり(ない?)、生存競争、生存本能、生存のパワーを感じられる街、 昔から今まで一貫して変わらないという点で、ある種、「美」がある街なのかも。

・・・でも、やっぱり、私にとっては、職場でなく、そぞろ歩きにでかけたい街です。あたたかくなったら中華街へいこう。

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2005年12月28日 (水)

占い始めもコスプレで。

bara0002考えてみれば、占い師デビューもコスプレでした。尼さんでした。

栃木県にあるテーマパーク「日光江戸村」が、当時の最初の修行場所でありましたので。江戸をイメージした園内では、現代的な姿、発言はご法度。占い処の手相見は、男はカツラをかぶって江戸の易者スタイル、女はなぜか尼さんスタイルで「いらっしゃいまし。お代は千両」と呼びかけます。

尼というのは、当時のインテリだからと説明されましたが、なんというか、男性団体客にウケがいいからじゃないかしらんと後から思いました。

季節は今頃。オフシーズン。占い小屋の前の雪かきが最初の仕事。水道管が凍ってしまう寒さでした。

「いらっしゃいまし」と、小屋の前で、まばらなお客様に呼びかけていると、それでも立ち止まってくれる人もいて、「おー尼だ尼だ」と、記念写真を撮られたり…。(メガネをかけているので変だったと思うのですが盛り上がるにはどうでもよかったみたいです)。

はじめてお客様の手相を鑑定した時の情景は今でも忘れません。数分、言葉が出てこなかった。頭が真っ白になりました。外も雪。真っしろ白。

友人、知人をそれまでにも何十人も鑑ていたのですが、プロデビューとなると緊張するものですね。

それでも、メガネをずりあげてやっとのことこなし。石油ストーブ(これは木製の枠で囲ってなんとか許されていました)で、かじかむ手を温めながら、先輩方に励まされたり、よもやま話に耳を傾けたりしているうちに、江戸村の人になっていきました。

まだ暗い夜明け前、始発列車に乗って栃木へ向かい、駅から江戸村までの雪道を20分、トボトボトボ…と歩いているときには、「私は、なにをやっているんだろう~。こんなところまで来てしまった…!!」という思いが押し寄せてきていたのですが、その日の夜には、すっかり、気持ちは占い師に切り替わっていました。

コスプレは、切り替え下手な人にはお奨めアイテムなのかもしれませんね。

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2005年12月27日 (火)

コスプレ占いのゆくえ

rose_glass01C_400秋葉原は変わったらしいですね。

思い出話が多くて恐縮ですが、覚えているうちに書いておこうと思いまして。

メイド喫茶がはやっているからと、何がどうしてそうなったのか、秋葉原に「コスプレ占い店」を開店したのが去年の夏。場所は、できたばかりのドン・キホーテの5F。最初から不吉な予感が・・・。 ドン・キホーテさんに恨みはありませんが、以前、川崎ドン・キホーテ店の夜勤で懲りていたものですから・・・(⇒過去記事ご参照

若く見える(…)という理由で店長に任命され、ンン~才にしてナース服を着ることに。お客さん、ごめんなさい!って感じでしたが、開けてみれば、この店も、告知が足らず、フロアへひとが流れてこなかった! 黙っていると売り上げゼロもアリなので、ごめんなさいなんてな場合でなく、必死でスマイル☆客引きしていました。親族には見られたくない姿でしたねぇ。

お客様がもっと多ければ、お祭りみたいでやりがいもあったと思うのですが。

むなしくならなかったのは、共に勤務していた仲間のおかげです。年下の占い師たちは、お客様の呼び込みもいやがらずに(いやがってたかもしれないがともかく表面上は)こなしてくれたし、なによりも明るかった。あいた時間に勉強や情報交換をしたり、恋の話をしたのも楽しかった。彼女達がいなければ、さすがに私もめげていたかもしれません。

一方、年配の占い師たち、なかには60代もいたのですが、ハイカラさんや巫女さんやアリスのコスプレを、案外楽しまれていた様子。(そのぐらい心臓に毛が…、いえいえ楽しみ上手に私もならなきゃだめでしょか?)

ともかく私は今まで、占い師同士で足の引っ張り合いをするような店に勤めたことがなく、職場の仲間から人間として学ぶものが多かった。それが大変恵まれていたことです。

秋葉原のお店も、困ったことばかりだったわけでもなく。

他店では鑑定することがないようなタイプの男性のお客様を多く鑑ることができましたし、なかには、その後、私が勤める渋谷店まで来てくれる方もありました。いろいろ経験しておくのも悪くない。(二度はいやですけど・・・)。

あさって、最後の忘年会が秋葉原であるので、街を見るのが、ちょっと楽しみです。ナース服に着替えないように気をつけます。

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2005年12月18日 (日)

誰にも見られたくない占い師の姿とは

93l 過去に勤務していた店で、思い出に強く残っているのは、つぶれちゃった店です。(縁起でもない?) 占い店の移り変わりは早いのです。

暇なのはかなりつらいのですが、おかげで占いの勉強がたんまりできました。他のテナントの方達を鑑定しながらの情報交換も愉しかった。そして、自然と、1人のお客様にさく時間や労力が多めになるせいか、記憶に残っているお客様というのは、つぶれちゃった店に多いのです。

占い師は、ニュートラルな状態でなければならないと思っています。お客様に感情移入しすぎてもためにはなりませんし、突き放すのでもいけません。

でも、数をこなして疲れてくれば話を聞く熱心さが多少欠けてきてしまうし、時間や気持ちに余裕があれば、柔軟に相手の話をうけとめられます。印象も残りやすい。

・・・よく思い出すのは川崎の24時間営業「ドン・キホーテ」内にあった占い店です。開店当初は深夜2時まで営業しておりました。

日付の変わった頃、ふらりとやってくるのは、勤めを終えた水商売の女性達、眠れないでさまよう受験生、時には親に連れられて小学生も。まだ遊んでいたいのに子供ができ虐待してしまいそうで怖いと悩む若いお母さん…(今頃どうしているでしょう、時々思い出しますよ)。そういえば、暇だった割に、仕事の相談に来られる男性が多かった。人が少ないから入りやすかったのかも…。

何年も前のことなのに、記憶に残るお客様の多い店です。(普通は2度ぐらい鑑定しないと覚えていられません。)

もうひとつ、印象が強い理由に、泊まり勤務だったからということがあります。

2時に営業が終わっても電車はないので帰れない。朝までシャッターを下ろした狭い店内で仮眠します。簡易ベッドは用意されていたのですが出し入れが不便なので、椅子を並べた上に寝たり、床に直にマットをしいて寝たりしてました。まさにホームレス状態。

お客様にはもちろん!誰にもゼッタイ見られたくない占い師の姿でした。そして、一晩中、頭上で鳴り止むことのない♪ドン!ドン!ドン!ドンキ~ドンキホーテ~ の音楽もまた、忘れることができないでしょう…。

交通の便が悪く集客が見込めないため閉店したのですが、なくなって本当によかったと思いました(笑)。でも、あの頃のお客様はどうしているだろうかと、なぜか思い出される年の瀬なのです。

PS. 暇な店がオススメということではありませんので念のため!!

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2005年12月 9日 (金)

浅草は牛すじで

Heart_minie浅草は、浅草寺も花やしきも隅田川沿いのお花見もシンボル的なアサヒビールのビルも屋形船も、いいんですけど、舟和の芋羊羹も私的にはかなりいいんですけど、一番は、牛すじ煮込みですね!!

6時か6時半で仕事が終わる平日に、人と待ち合わせをして、雑然と並ぶ居酒屋さんでビールと牛すじ、というのが最高でした。まだ暮れやらぬ明るい季節には、なんとなくぜいたく気分さえして。もちろん安々なんだけどね。

一見さんでもよそよそしくなく、厨房に猫が鎮座ましましていたりして、衛生面はいざしらず(すみません)居心地のいい居酒屋さん。どこに入るか選ぶのも愉しくて。

でも、そんなリラックス空間でも、激しい胃痛に2度ほど襲われたことが・・。

よっぽど気を張っていたのかなぁ。仕事中。

その頃の緊張感を忘れちゃだめだよと思い返すきょうこのごろ、です。

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2005年12月 7日 (水)

浅草花やしきの思い出

31mbbb 救急車で運ばれたのは、浅草の遊園地「花やしき」に出ていた時でした。

花やしきは、ちいちゃいながら歴史の古い遊園地。狭い園内を、あちこちぶつかりそうに駆け抜けるジェットコースターが、怖くて愉快で好きです。絶叫系が苦手な人も、あれはギリギリ乗れるのでは。

今は、占い店の場所が1階に移りましたが、昔は、小山の上にポツンと、占い小屋が立っていました。可憐なお花が咲く中を、ちびっ子タクシーに乗って得意げに手を振る子供達を見ながら、お仕事をして、ときどき、おおきな空を眺めていました。季節の移り変わり、時間の流れを、肌で実感できる場所でした。

花やしきは、修行期間といえる一年を過ごした場所で、思い出深いです。

さまざまな職種、階級?、年代の人が集まる土地柄。デパートの中では到底出会えないようなお客様に接することができたのが、得がたい経験。そして、一組の仲のいい不倫カップルの顔を、なぜだかいまだに私は忘れることができません。

最初は2人でにぎやかに鑑定して、それから、女の子が1人残ってナイショの鑑定をしました。男の人が外で笑って待っているこちら側で、さっきまで笑顔だった女の子は、涙をぽろぽろとこぼしました。

私は、占い師として失格かもしれませんが、この男性を、性格も悪そうでない好印象の男性を、この時、大変憎く思いました。

でも、男性にしても、笑っているよりほかなかったかもしれず。

今では、もっと驚くような人間関係を相談されることも増え、スレすぎちゃった感もなきにしもあらず…なのですが、それでも、なぜか、この日の、女の子の涙を、私は忘れることができないのです。

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