これでまあ いいや!飛ぶ教室
彼は金持だった そしてホテルにこしかけて
いちばん高い いいものを
飲んで食べた
いい気持になって 飲んで食べたそして給仕や客にグラスを上げて ウインクした
そばに立った花売りの手から
花を取り
二枚の札で勘定をした
バラは紅くて 冷たかった
彼は30マルクよけいにやった
すると女は泣き出した
六人組の管弦楽団は
彼から200マルクうけとった
六人組はこれ以上 何をもっとやっていいか わからなかった
ボーイにも ピッコロにも
女にも ジゴロにも
見さかいなしに くれてやった
勘定書には目もくれず
札を投げだし
ホールを出た
ダンサーも ボーイも 給仕たちも
夢中でゾロゾロついて出た
それほどみんなに慕われた
彼はよろこんで「いいよ いいよ」と言った
そして外套と帽子を受取った
そのとき預り所のオバサンが
「お召物の保管料を
30ペニヒいただきます!
あら くださらないの ずいぶんだわ!」と叫んだ
そこで彼は立ちどまり 笑って
金を捜したが もうなかった
そして何一つやることができなかった
花売り女も ジゴロも
給仕も ボーイも ピッコロも
そばに立って 知らぬかお
彼は懇願するように 見廻した
みんなしゃちこばって 黙っていた
あたりに彼なんかいないように
そこで彼はサッサと外套を脱ぎ
女に渡して ホテルを出た
そして「これでまあ いいや!」と思った
ケストナー「人生処方詩集」(ちくま文庫)より「偶然による残高」
今夜は、ひと様の言葉を借りて。
ケストナーは、子供の本「飛ぶ教室」や「点子ちゃんとアントン」「エミールと探偵たち」で知られる作家。もともと詩人として出発した人で、ヒトラーの時代をしぶとく生き抜きました。
この筑摩書房から出ている「人生処方詩集」というのは、まさにブンガク処方箋。
「☆生活に疲れたら」、「☆自信がぐらついたら」、「☆同時代の人間に腹が立ったら」、「☆金が少ししかなかったら」、「☆孤独に耐えられなくなったら」、「☆母親を想ったら」、「☆天気が悪かったら」…… などなど36の症状別に、薬となる詩作品を揃えている、ユニークな本。
痛烈な社会批判や風刺の目を持ったケストナーの言葉は優しくはない。けれど、そこにかえって共感を覚えます。うんざりするような世の中でも、希望を捨てずひょうひょうと生きている人の心意気が伝わってきて、ときどき開いて服用したくなる^^一冊です。
紹介した作品は、「☆善行が利子をもたらすと思ったら」服用する作品に挙げられていました。いいことしてやったって結果はこんなもの、と、シニカルなんですね。けれど、それで何かに気付ける人もいる。
最終連の「これでまあ いいや!」というところを読むと、わたしはいつも胸がスっとします。
使いきれないお金のあったことはないけれど、理不尽な目にあったときや、人の本当の姿が見えたとき、
当惑と同時に、真実がわかってしまって気が済んだ気持ちが湧いてくる。
「これでまあ いいや!」とふっきれたように感じることが、わたしはあります。そしたら、外套を捨てて、出発すればいい。春ですし^^ あなたは、いかが。
易おみくじ










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