冬眠一歩手前から。
今日はこちらでは快晴。数日前までの寒さに冬眠しかかっていたわたしも少し復活。
あんまりボンヤリしているので、東洋大学の一般人向けの講座「儒教と道教」を受講してきました。「東洋思想・文化へのいざない」と銘打ったシリーズの2回目。短い時間で難しい話はなく、思想内容というよりは、孔子、孟子、老子、荘子の思想の生まれてきた時代背景をわかりやすく伝えていただき、得るものがありました。
原始農耕社会においては、3,4世代にもわたる大家族のそれぞれが重要な労働力。家族が多く労働力が多いということが、そのまま、富に結びつく。
富に直結する大家族を統制する必要から、長老や目上への尊敬や兄弟間の秩序など、家族内の倫理、道徳を説いた儒家の思想が存在したということに、なるほど、と。
今、目上を大事にしなさいとか兄弟仲良くとか力説しても、それで現実的に何かの得になるわけじゃないから、「道徳」が行き渡らないのはある意味自然なんですね。いや、それを肯定しているわけじゃありませんけど。
内容の割に受講料が大変安く誰でも申し込めば参加できるので、大勢の方が真摯に受講されていました。団塊世代とそれ以上の方々が大半なのではないかと推測。向学心ありますね。
ただ一点、大学の先生の講義の多くは、セミナーなどと違い、良くも悪くもたんたんとしており、自分で聞き取り学び取るという積極的姿勢がないと眠ってしまう危険性があるのがm(__)m…よいですね!
講義が終わり教室の外へ出ると、明るい廊下やホールには10代、20代の学生さんたち。う、まぶしい。
学生らの親や祖父母のような世代のわたしたち。交わることはなく、それぞれに散らばる。2000年前、3000年前の人たちの話に耳を傾け何かを学んだ気になっておりますが、たいして諸問題を解決できないわたしたち、どこへ向かっていくのでしょ。
目下の懸念はエボラにイスラム国? いえそんなことより目先の生活、老後不安か。
道徳は失われても、人間はあまり変わっていないのかも。願いがあり、おそれがある。だから思想を必要とする。
時代が変わってものごとがどんどん変化しても、人はたいして変わっていないようだ、と、呑気な頭で考えていたら、自分がほんとうに芥子の実ほどの存在に感じられ、噴水の前でわぁっと声を出してみたくなりました^^(学生気分か?)
ちっぽけな存在。何をやってもやらなくても生きてても死んでも勉強しても遊んでも遊ばなくてもひがんでもがんばっても時代的にはたいして関係ない。たとえ要職についていようと同じ。替わりの人間はいくらでもいる。
だったら、
色々気にし過ぎないでいいね。「わたし」をやっていけばそれで。
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜
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